独創的意欲作ならジャンルを問わず懐の深い文学賞!〈トヨザキ社長のヤツザキ文学賞〉

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独創的意欲作ならジャンルを問わず懐の深い文学賞!

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 一人の少女の奇想天外かつ八面六臂の活躍を、琉球王朝末期を背景に描いて、映画化もされた『テンペスト』をはじめ、一九九四年のデビュー以来、沖縄の神事や史実を扱った大作を発表してきた池上永一。一九九八年、『風車祭(カジマヤー)』で直木賞の候補には挙がったものの、文学賞には恵まれなかったこの作家に、ついに第八回山田風太郎賞という栄冠をもたらした長篇小説が『ヒストリア』です。

 物語は、一九四五年の沖縄戦で九死に一生を得た美少女・知花煉の苛烈な体験から走りだします。住んでいた村も家族も失い、マブイ(魂)すら落としてしまった煉は、がんばって焼け跡から這い上がっていくのですが、ある裏切りによって米軍のお尋ね者になり、移民船にもぐりこんでボリビアへと逃亡することになります。ところが、移民に与えられた“約束の地”は未開拓で、伝染病まで蔓延する始末。それでも煉はくじけず、先見の明によって成り上がっていくんです。

 成功を収めるため渡ることになる危ない橋の数々。幾度もの挫折を繰り返しながら、生き残っていくための日々の戦いのさなか、煉はキューバ革命やキューバ危機にも立ち会うことになります。終戦から沖縄本土復帰までの二十七年間を、一人の女性の艱難辛苦を通し、沖縄やボリビアの有事のみならず、往時の世界情勢まで視野に入れて描いた壮大にも壮大すぎる小説。

 反戦小説やマブイをめぐるファンタジーの要素も併せ持つ、この一大エンターテインメントを表彰した山田風太郎賞は、KADOKAWAと角川文化振興財団が主催。かの小説家が遺した独創的な作品群への敬意から、有望な作家の意欲的な作品を顕彰するために二○一○年に創設されました。貴志祐介『悪の教典』冲方丁『光圀伝』佐藤正午『鳩の撃退法』など、これまでの受賞作を見ると、さまざまなジャンルの作品に授与されている印象が強い文学賞。ミステリー、時代小説、伝奇小説と執筆範囲が広かった山田風太郎の名を冠するだけのことはあります。SF、ファンタジー、歴史小説を横断する大作を手がける池上永一にぴったり。慶賀の至りの受賞結果です。

新潮社 週刊新潮
2017年11月23日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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