憲法改正を考える全有権者へ

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

憲法と世論

『憲法と世論』

著者
境家 史郎 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784480016560
発売日
2017/10/12
価格
1,836円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

憲法改正を考える全有権者へ

[レビュアー] 平山周吉(雑文家)

 憲法改正と世論調査、こんなに相性ピッタシの組み合わせはそうざらにはない。首都大学東京准教授・境家史郎の『憲法と世論』は、安倍政権下でホットなテーマとなった憲法改正と、国民の声という名の変幻自在な怪物との関係にメスを入れる。全有権者が共有できる貴重な問題提起の書である。

 現行の日本国憲法では、改正には国民投票が必須になっている。攻防ラインは五割とわかりやすい。いつもの選挙と違って死に票はない。比例も復活もありようがない。国民の声は一点の曇りなく、結果に反映される。投票のやり甲斐があるというものだ。

 憲法が出来て七十年、国民投票は一度も実施されていない。本書によると、日本で本格的な世論調査が行なわれるようになったのは、憲法制定の時期とほぼ一致しているという。憲法に関しての世論調査の蓄積は膨大にある。本書は政府と五大メディアが行なった千二百に及ぶデータを網羅的に収集、分析したものだ。

 数字がたくさんだと無味乾燥になりそうだが、数字はデリケートに扱われて、細心の吟味がほどこされている。戦後の政治史、メディア史、憲法論議と組み合わせることで、生きた数字になっている。数字の威力で、世に流布する憲法についての通説は次々と葬り去られていく。まことしやかに流通してきた言説が、いかに根拠薄弱であったかが暴き出される。

 まず驚くのは、よく引用される伝説的な数字の“真贋”である。一九四六年(昭和二十一)に毎日新聞が実施した憲法意識調査には「九条に関連する質問の元祖」とされる歴史的質問があった。「戦争抛棄の条項を必要とするか」。回答は必要が70%、不要が28%と大差がついた。この数字を根拠に、九条は「制定当初より大多数の国民から圧倒的な支持を得ていた」とされる。小林直樹、古関彰一、辻村みよ子といった憲法の専門家、加藤典洋といった戦後を論じる評論家の定評ある本で、議論の出発点となるのはこの世論調査結果だった。著者は、上記四人の識者に代表される見方には、「じつはほとんど根拠がないという点を強調」する。

 彼らがまさか数字を偽っているわけではない。数字の性格を把握していないか、無視をしているか、曲解しているか、いずれかであろう。この毎日新聞の調査は特殊なサンプリング方法で行われていた。いわゆる有識階級に限定して聞いていたのだ。調査時期は五月、つまり新憲法制定の半年前に実施されたものであった。その質問は、「自衛権の放棄」や「戦力の不保持」を直接問うているわけでもない。「侵略戦争の放棄には賛成でも、自衛戦力の不保持までは同意しない」識者の存在を否定できない。もしもこの時期の国民の九条意識はと聞かれたら、「最も誠実な答え」は、一九四〇年代に関しては「不明である」となる、と著者はいう。信頼に耐えうる調査がないからだ。

 著者はあえて推理をすれば、「一切の軍備の不保持」を支持した国民は「けっして多数ではなかったろう」とする。その根拠は、占領終了直前の世論調査の数字である。一九五二年二月の朝日の世論調査では、「戦争はしない、軍隊は持たないときめた」ことを、「よかった」27%、「仕方がなかった」27%、「まずかった」16%となった。「よかった」派でも半分は「今後は再軍備が必要だ」としていて、完全非武装主義は全有権者の一割強程度だった。同年三月の毎日の世論調査では、「軍隊を持つための憲法改正」に対し、賛成43%、反対27%、四月の読売調査では、賛成48%、反対39%であった。この結果から著者は推断する。

「独立直後の時期に、もし最低限の防衛戦力保持の可否に絞って憲法改正の国民投票がなされていたとすれば――吉田首相はこれを望まなかったが――、その改正案が通った可能性は十分にあった、と言えそうである」「少なくともこの時期まで、国民の多くは、反軍国主義ではあったとしても反軍主義ではなかった」

 吉田茂政権の「なし崩し再軍備」は国民の意識を変えていき、翌年三月の読売調査では、「軍備をもつための憲法改正」には賛成41%、反対38%と拮抗してくる。自社の二大政党体制が出来た一九五五年には、賛否は逆転する。九条は「自衛隊を超える軍事力は持たない」と読み換えられて許容される。それでも改憲派は三割以上存在していた。「この時期、国民の圧倒的多数が軍隊アレルギーを持っていたなどという見方は、後世の先入観にもとづいた、やはりひとつの神話だといってよい」。

 以上、九条と軍隊についての当初十年間の世論を中心に紹介してみたのは言うまでもない。安倍首相が打ち出している改憲が、九条三項に自衛隊を明記するという方針だからだ。著者は「現実の安全保障政策を追認するような九条改正であれば、有権者は必ずしも否定的ではない」という傾向が戦後史を通じて見られると指摘している。おそらくもっともハードルの低い九条改正に安倍政権は焦点を絞ってきている。

 本書の与えてくれる新たな視点は、九条以外にも大量にある。世論の不安定性、世論とエリート層の言論との相関関係、購読新聞が読者に与える影響力など。世論調査のやり方、読み方の問題点の指摘も豊富である。

 世論の動向をいかに正確に把握するか。改正派も反対派も、そこを見間違うと死命を制される。国民の声を聴き取るために、貴重なレッスンをほどこしてくれる本である。

新潮社 新潮45
2018年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加