『ハウスキーピング』 “現代の古典”の評も納得の名作

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ハウスキーピング

『ハウスキーピング』

著者
マリリン・ロビンソン [著]/篠森 ゆりこ [訳]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784309207384
発売日
2018/02/08
価格
2,640円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

あっさりとしたタイトルとは裏腹 深く遠い場所に連れて行く名作

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

「現代の古典」と評されるのもうなずける、すばらしい小説である。家事や家の切り盛りを意味する、あっさりした印象のタイトルの小説が、ここまで深く遠い場所に連れて行ってくれるとは。

 語り手はルースという少女で、山あいの湖畔にある小さな町に妹のルシールと暮らしている。彼女たちが生まれる前に、母方の祖父はこの町の湖で鉄道事故により命を落としていた。彼女たちの母ヘレンが死を選んだのもこの湖である。湖は、ルースたちにとって、死と喪失を常に喚起する記憶の場所である。

 父親はおらず、孤児になった二人は祖母の家で暮らすことになる。祖母が死ぬと、彼女の義理の妹二人がやってきて家政を切り盛りするが、老齢の二人には荷が重く、ヘレンの妹で長く故郷を離れていたシルヴィが連絡を受けて戻ってくる。

 このシルヴィが「渡り労働者」という設定なのが面白い。小説の舞台となっている一九五〇年代のアメリカで、女性の「渡り労働者」というのはかなり珍しい存在ではないか。

 漂泊を日常としてきたシルヴィの生活様式が、仲の良い姉妹を分かつ。内省的なルースは、新しい世界を見せてくれるシルヴィとの暮らしを楽しむが、ルシールは新たな保護者のもとで安定を得ようとする。人に後ろ指をさされたくないルシールにはおそらく理解できないやり方で、シルヴィは、家族と大切な記憶の場所を守るための決断をする。

 ルースの鋭敏な神経は、何ごとも見逃さない。湖畔の町の水の匂いも、シルヴィと出かけた湖の夜明けの色合いも。繊細で張り詰めた、圧倒されるような文章の美しさが翻訳を通して伝わってくる。

 デビュー作である本書の刊行が一九八〇年。二作目の『ギレアド』発表は実に四半世紀後の二〇〇四年である。ピューリッツァー賞などを受賞した『ギレアド』も昨年、邦訳され、日本の読者もようやくこのすぐれた作家に親しめるようになった。

新潮社 週刊新潮
2018年3月15日花見月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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