『にらみ』刊行記念インタビュー 長岡弘樹

インタビュー

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にらみ

『にらみ』

著者
長岡弘樹 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334912109
発売日
2018/03/14
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

『にらみ』刊行記念インタビュー 長岡弘樹

[文] 光文社


絵・古屋智子

『にらみ』刊行記念
長岡弘樹 メールインタビュー

短編ミステリーの名手が、これでもかと
バラエティ豊かにネタを盛り込んだ
ぜいたくな傑作集『にらみ』が完成した。
自身の小説作法やそれぞれの作品への思いについて、
語ってもらった。

Q1 優れた短編を数多く書かれている長岡さんですが、ご自身は読者として長編と短編、どちらがお好きなのですか?

 どちらも好きですが、強いて選べば、やはり短編でしょうか。数年前から小説を読む時間がなかなか作れなくなり、長いものはほとんど手にできなくなってしまったので、そうした事情からも、短編派の傾向がますます強まってきています。小説を読む場合、私の興味は、人物像よりもアイデアにあります。言い換えれば、優れたアイデアがあって初めてキャラクターが輝く、と考えています。好きなタイプの小説は、一つのアイデアを可能な限り際立たせて描いたもの。あるいは、アイデアの切れ味を読者がじっくりと堪能できるものです。そういう作品はやはり短編に多いと思います。

Q2 それぞれの作品に興味深いネタが盛り込まれていると思いますが、こういったネタはどこから仕入れられているのでしょうか?

 以前なら、ドキュメンタリー系のテレビ番組から仕入れることが多かったのですが、二〇一一年の地デジ化以降、録画したデータの使い勝手が悪くなってしまい、テレビはほとんど視聴しなくなりました。出不精でして、誰かに会って話を聞く、といった取材も、特に必要がない限り、まずやりません。そのようなわけで、現在のネタ元は、ずばり書籍です。といっても大部の専門書ではなく、新書のような軽めの「読み物」系が中心です。そうした本を手当たり次第に乱読し、アイデアの元になる情報を探しています。先の質問で「小説を読む時間がなくなった」と回答しましたが、その理由の大半は、ネタ探しのために小説以外の本ばかり読んでいるからです。

Q3 それぞれの作品について伺えればと思います。

「餞別」
 二〇一〇年に書いた作品です。このころはまだテレビをよく見ていて、これもある番組で見た情報が構想の発端になっています。ドキュメンタリーかバラエティか、どんな番組だったか覚えていませんが、ギャンブル依存症患者の反応行動というものを取り上げ、いろいろなケースを紹介していました。パチスロ依存症の人は、スーパーで商品の値札を目にしただけでやりたくてたまらなくなる、という話をそれで見聞したとき、これはミステリ小説でいう一種の「操り」だなと感じ、作品にできそうだと思いました。本格ミステリの場合、図を挿入することは珍しくありませんが、私がそれをやったのは本作が初めてです。
「遺品の迷い」
 遺品整理業者の方が書いた本を、たまたま続けて何冊か読んだことで、この題材に興味を持ちました。ある人物の生き方、死に方を、小道具を使って描出できるわけですから、遺品というものほど小説向きの題材はない、と言ってもいいかもしれません。それだけに「傑作にしよう」と意気込んで書いた作品でした。肩に力を入れ過ぎて、空回りしてしまった面もあるように思えますが……。いずれにしろ、一作では書き尽くせない題材なので、遺品を扱った作品には、いずれまたどこかで取り組んでみようと思っています。
「実況中継」
 作家なら皆そうだと思いますが、私も、「書き始めたものの、途中で筆が止まってしまった作品」というものを、いくつか持っています。その一つに、野球少年同士の友情ものがありました。久しぶりにそれをパソコンの中から引っ張り出してきて、何とか一編の作品にできないものかと再チャレンジで頭を絞っていたら、本作のアイデアが出てきた次第です。このように、成立の過程が計画的とはいえず、運任せの要素が強かったため、正直なところ自分ではあまりいい印象を持っていなかったのですが、書籍化にあたって読み返してみたら、悪くないぞと思えたので、ほっと安心した作品でもあります。この小説には、グローブを使った腹式呼吸や、スプーンを用いたカーブの説明といった場面が出てきます。いつだったか「小道具を上手く使う」という課題を自分で設定して書いていた時期があるのですが、これがちょうどその頃の作品だったかもしれません。
「白秋の道標」
 ネタバレになってしまうのでボカシて言いますが、実際にあったある医学的な事例が構想のきっかけになっています。アフリカツメガエルが妊娠検査用動物として利用できる、といった知識は、それより以前に、ある本から得てメモしておいたもの。温度で色が変わる服という小道具も、いつかどこかで使おうと思っていたもので、メインのネタにそれら小ネタを組み合わせ、一編の作品としました。医療という分野もまた、かなりミステリと相性がいいので、専門的な知識を勉強するのは少々骨が折れますが、この先も積極的に取り組んでいきたいジャンルだと思っています。
「雑草」
 成立の過程は、先の「実況中継」と似ています。以前、陸上競技をしている少年の話を書こうとしたのですが、うまく進まず頓挫していた作品があったのです(こうしてみると、私には「少年とスポーツ」という題材に固執していた時期があったようです)。それを蘇らせられないかとあれこれ考えていたら、このような話が出来上がりました。失敗作かも、という悪い印象があったのに、読み返してみたらそうではなかった、という点も「実況中継」と同じです。何かの本に「大勢の笑顔の中から、笑っていない顔を一つだけ見つけるのは容易だ」という記述がありました。それが妙に面白く感じられて、プロット作成の初期段階では、「陸上トラックを走りながらスタンドの観客の表情を観察して犯人を捜す」、という場面を入れようとしていたのですが、それはうまくいきませんでした。
「にらみ」
「にらみ」という手法は実際にあって、それを私は、元刑事である小川泰平さんが書かれた『警察の裏側』(イースト・プレス)で知りました。最初は「へえ、そうなんだ」といった感じでメモしておいただけで、そのまま二年ばかりスルーしていたのですが、何かのきっかけでメモを見返したとき、「こういう形のにらみがあってもいいのでは」と思いつき、幸い一編の作品になりました。メインのトリックには先例がいくつかありますが、「にらみ」という題材を得たことで、新鮮な使い方ができたものと自負しています。
「百万に一つの崖」
 誰しも、自分が助けた相手を傷つけることはできないものです。これは人間心理の法則と言ってもいいと思います。どういうわけか、私はこの法則が大好きで、過去に何度か形を変えて自作に盛り込んでいます。本作もその一本。かつて、産業医の視点から一つの会社の人間模様を描く、という作品を構想したのですが、結局、一文字も書かずに終わってしまったことがありました。あのとき抱いたイメージがまだ少し頭に残っていましたので、それをところどころに反映させてあります。

Q4 特に苦労した作品はありますか?

 どの作品でも等しく苦労したという感じがしています。強いて言えば「遺品の迷い」でしょうか。メインになるネタはたぶん割れやすいと思うので、読ませのポイントをその周辺部分の方に置こうとして、いろいろ四苦八苦した記憶があります。また、「実況中継」、「雑草」、「百万に一つの崖」は、かつて一度手にかけた作品を復活させたという面を持っています。こういう場合は、叩き台がある分、執筆作業が楽のように思えますが、実際は逆です。なかなか切り捨てることができない部分があったり、下手な先入観にとらわれていたりで、完全な無の状態から作り上げるよりも、かえって苦労したというのが正直な感想です。

Q5 特に思い入れのある作品はありますか?

「餞別」は、自分がアウトローの世界を描くとこんなふうになるんだ、ということが分かって、楽しく執筆できました。「白秋の道標」については、静かな雰囲気を作中に醸し出すことが狙いの一つでしたが、それが上手くいったと思っています。表題作「にらみ」は、小品ながら、大胆なアイデアがすっと無理なく決まってくれたので、会心の作と言っていいと思います。

Q6 読者の方に、読みどころなど、メッセージをお願いします。

 任侠、遺品、野球、夫婦、学園、刑事、会社。描いた世界や題材はバラエティに富んでいますので、飽きることなく最後まで一気に読んでいただける作品集になったと確信しています。それぞれの世界に仕掛けてあるいくつもの驚きを、可能な限りたくさん発見してもらえたら、作者として、これ以上の喜びはありません。

長岡弘樹
(ながおか・ひろき)
1969年山形県生まれ。筑波大学第一学群社会学類卒業。2003年「真夏の車輪」で第25回小説推理新人賞を受賞し、’05年『陽だまりの偽り』でデビュー。’08年「傍聞き」で第61回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。’13年『教場』が「週刊文春ミステリーベスト10」国内部門1位、「このミステリーがすごい! 2014年度版」第2位となり、2014年本屋大賞にもノミネートされた。他の著書に『赤い刻印』『白衣の嘘』『時が見下ろす町』『血縁』『教場0』などがある。

光文社 小説宝石
2018年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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