それは“自刃”なのか 歴史推理小説の大傑作
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
文庫書下ろしでも単行本でも、常に良い仕事をしてくれる書き手が、平谷美樹である。
文庫書下ろしシリーズには『江戸城御掃除之者(おそうじのもの)!』(角川文庫)や『草紙屋薬楽堂ふしぎ始末』(だいわ文庫)等の人気作があるが、久々の単発作品が本書『義経暗殺』である。しかも、時代小説と推理小説双方のファンを唸らせる堂々たる歴史ミステリーといえる。
物語は、文治五年(一一八九)閏四月二十八日、持仏堂の中で、源義経及び妻子の死体が発見されることで幕があく。
一見、自刃に見えて実は殺害であることを見抜いた平泉之庁(ひらいずみのたち)の大帳所(だいちょうどころ)の司(つかさ)・清原実俊(きよはらさねとし)は、男装の雑色(ぞうしき)・葛丸(かずらまる)と、弟である検非違使庁の少尉・橘藤実昌(きっとうさねまさ)を従えて真相の究明に乗り出す。
前半は、いわばこの三人が容疑者たちから聞き取りしていくかたちでストーリーが進行していくが、中盤、奥州平泉、百年の平和と栄華の実態がいかに多くの血であがなわれてきたか、あるいは、現在の平和が、中央の朝廷、西の源氏、東の平泉という微妙な均衡の上に成り立っている実態が語られると、これは、単なる殺人ではなく、背景にそれらの政争を孕んでいることが予想される。
作品がミステリーであるだけに、詳しく内容を紹介できないのが残念だが、前の御館(みたち)(藤原秀衡)の死骸を調べるシーンなどは、ゾクゾクする面白さに満ちている。
そして後半、作者は、史実と平仄を合わせるため、義経が死んだ後でも矛盾なく弁慶の立往生といった名場面を作中に組み込むなどのはなれわざをやってのけている。
さらにこの後半では、推理小説ファンにとってはお楽しみの、名探偵・清原実俊の、関係者を集めての謎ときシーンが控えている。
遂に明かされる意外な犯人と、謎ときの果てにある一抹の哀しみ――。
なお、探偵役の実俊は実在の人物で、武芸はだめだが博覧強記の文官。彼を主役にもってきたのも、武に対する文の力の強調─それだからこそのラストのありようなのではないか。