百年後に気づく!? 読者を驚かせる森沢明夫の仕掛け 小説『キッチン風見鶏』刊行記念インタビュー

インタビュー

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キッチン風見鶏

『キッチン風見鶏』

著者
森沢明夫 [著]
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758441681
発売日
2018/06/13
価格
748円(税込)

【特集 森沢明夫の世界】著者インタビュー

[文] 青木千恵(フリーライター・書評家)

森沢明夫
森沢明夫

小説家デビューから10年余、『きらきら眼鏡』の映画化公開が控える森沢明夫さん。小社刊『キッチン風見鶏』は、さりげなくもふんだんにサプライズを盛り込んだ長編エンターテインメントだ。読んで癒される、森沢さんの世界はどのようにして生まれているのか、その秘密に迫る――。

 ***

漫画家を目指す主人公・坂田翔平は、「霊感体質」の持ち主。幽霊が見える異能ゆえに疎外され、今は港町の「キッチン風見鶏」で、ウエイターをして細々暮らしている。オーナーシェフの絵里は、母の病と店の存続で悩み中。常連客の手島、絵里の母・祐子、占い師の寿々。それぞれに思いを秘めた人々と、サプライズ。著者の森沢明夫さんに、創作の背景を伺った。

幸せそうに生きている人って、心で決めているんですよね。

――まずは、この物語を書かれた経緯を教えてください。

森沢明夫(以下、森沢) 担当編集者から四、五年前に依頼され、ストーリーを構想する中で、角川春樹社長とお会いする機会がありました。そこで、「食べ物」「洋食屋」「熟成肉」「戦争」の四つのキーワードを頂いたんです。「食べ物」と「熟成肉」は若干被りますが、四つのキーワードでどんな話ができるかをあらためて考えて、この物語になりました。だから、この物語の端緒は、社長のひらめきだったと思います。

――主人公の翔平は霊感体質ですが、幽霊が見える人という設定にしたのはなぜですか。

森沢 知人に霊感体質の人が何人かいて、その中の一人から、霊感体質のために凄く苦労したと聞いたことがありました。最近、LGBTも話題になっていますが、何かしらの個性を持つがゆえにうまく生きられないまま性格が形成され、なかなか生きづらさから抜け出せない人の物語を書きたいなと思っていました。それと、『雨上がりの川』という、エセ霊能者が登場する話を新聞連載で書いたので、次は本当の霊能者を書こうと思った流れもありました。

――物語は翔平のパートで始まり、オーナーシェフの鳥居絵里、絵里に想いを寄せる常連客の手島洋一……と、主要人物五人の視点を切り替えて進んでいきます。一人称多視点で書かれた理由は?

森沢 主人公は翔平ですが、人にはそれぞれ事情があって、同じ風景も事件も人によって違って見える。今回の作品のように、胸に秘めたものがある人たちを描く場合は、視点を切り替えていくことで、それぞれの内心や関わり方を読者に明確にできます。一人ひとりの気持ちや目にするものを体感しながら、目の前の事象とどんなふうに関わっていくと幸せなのかなと、読者が読了後に考えるきっかけになるかもしれないと思って、主要人物五人の多視点にしました。
 僕は、この世界と個々の人生は、物理的な事象と捉え方とで構成されていると思っているんですね。例えばタンポポが咲いている道を歩いていて、雑草と捉えた人は雑草が生えた道を歩いた人になり、タンポポ可愛いなと思った人は、心がほっこりする道を歩いた人になる。同じ事象も捉え方で変わり、幸せの本質はそこにあると思っています。

――三代続く店にされたのはなぜですか。

森沢 家族の物語にもしたかったし、誰かが亡くなっても志が継承されていくことが人間にはあるから、三代続いているレストランがいいなと。どんなお店だったら読者が行ってみたいと思うか考えて、海原を眺め下ろす丘の上にあって、とんがり屋根に風見鶏が立つ、南フランス風の洋食店をイメージしました。全ての小説に何かしら繋がりを持たせているので、今回は『虹の岬の喫茶店』や『きらきら眼鏡』に登場する町の対岸にある、異国情緒漂う港町を舞台にしました。

――設定は、最初にパッと浮かんだ感じだったのでしょうか。

森沢 僕の場合、どの作品も最初に設定が降ってくるんです。今回は、霊が見える人の話にしようと考え、翔平のイメージが降ってきました。霊感体質のために遠ざけられ、独りぼっちで、絵を描くのが得意で漫画家を夢見ているけれど、うまくいかない。次に「キッチン風見鶏」のイメージが現れて、スタッフがおっさんとお兄さんよりは、お姉さんとお兄さんのお店の方が自分が行きたいから(笑)、女性のオーナーシェフ。ライター時代に、お客さんをよく観察して味つけを工夫している男性シェフに会ったことがあるので、プロファイリングが得意な女性にしました。そんな舞台で主人公が成長して、自分なりの人生を歩み出すために、何がいちばん必要なんだろうと考えていきました。

――それにしても、サプライズが多い物語ですよね。アッと驚かされました。

森沢 僕の小説は淡々としているようで、実はいろんな仕掛けを施しているんです。すぐに分かるもの、読み込んで気がつくものまで重層的に仕掛けて、それこそ百年後に森沢明夫の研究者が現れて、ものすごく研究したら気づくだろうというのまで入れています。あっと言わせたい理由は、読者に楽しんで欲しいから。僕の本を連続して読んでいってあらためて前の作品を再読すると、ある世界観が現れて、マクロの視点で物語が見える、そんな楽しみも持ってもらいたくて、まだ初期の頃に、小説全体を繋げていこうと決めたんです。

――絵里の母親で、がんと向き合う祐子さんの姿に感じたのですが、森沢作品には素敵な高齢女性がよく出てくる気がします。

森沢 絵里が優しくて魅力的な人である場合、育てた人も素敵でないと整合性が取れないですし。『虹の岬の喫茶店』を読んで、「私はこういうおばあさんになりたい」と吉永小百合さんが言ってくださいましたが、読者が「こうなりたい」と思う人を登場させたい思いがあり、目上の魅力的な人を書きがちです。

――「和牛の熟成肉」「なんでも餃子」など、四つの章タイトルを食べ物にされています。第一章を熟成肉にしたのはなぜですか。

森沢 章タイトルを食べ物にしたのは、なんとなくです(笑)。熟成肉ってかなり手が込んでいて、いちばん美味しそうな食べ物で始めたら読者の気持ちを引っ張れるかなと、熟成肉を最初にしました。食べ物は、日常的なものですよね。今回、「戦争」もキーワードの一つでしたが、戦争という非日常の中にも日常は息づいていたはずで、その日常こそが愛すべきものだと思いました。三代続く洋食屋で、昔からあるメニューだとカレーかなとか考えて、食べ物をタイトルに入れていきました。

――霊感体質を隠す翔平は、〈孤独こそが、この世の地獄だから〉と第一章で思っています。孤独は書きたいことでしたか?

森沢 人の間と書く人間は、間が存在していないと生きていけない存在で、人の間を描くのが小説だと思っています。生きていれば必ず孤独や寂しさを味わい、味わった人が誰かと出会って一緒にいられる幸せを感じられる。孤独を知った上で人と出会うところに人間の幸せが凝縮されている気がして、この作品でも人と人の出会いを象徴的に描いています。もしかすると僕の小説の全てで、必ず少しは孤独を描いているかもしれないですね。

――日常を愛すべきものと捉えるものの見方を、いつからされていたんですか。

森沢 かなり前からです。元々いい子ではなくて、大人は嘘つきばかりで人類なんて滅亡していいんじゃないか、生きていることに意味なんてあるのかと、むしろ殺伐としていました。その考えが明らかに変わったのが、年間百二十日くらい、日本中を野宿して回る生活を六年ほどしてからです。地方で小さな生活をしている人にたくさん出会い、人と話すと癒されるなあ、これが人の間、人間の間なんだなと思ったんです。世の中はいやな人ばかりじゃない。いろんなことを諭され、たくさん気づいた。それと、本ですね。本と旅と出会いで僕は構成されていると思います。

――今回、物語を通してキャラクターの気持ちがみるみる変わっていきますね。

森沢 人生は無数の選択肢を選んで未来を開いていくんですけど、周りを見ていて、何を基準に選択するかで大きな差が現れることに気づいたんです。幸せそうに生きている人って、心で決めているんですよね。感覚や直感に逆らわず、いい気分でいられそうな方を選んでいる。逆に、頭で損得を計算して選んでいる人は愚痴っぽかったりするのが見えたので、選ぶときの考え方を物語で示して、読者に伝えられたらと思いました。今回の絵里のように、みんなに好かれてうまくいっているように見えても、抱えているものがある。それぞれに選んでいく人生を、ちゃんと書きたいですよね。

聞き手=青木千恵 著者写真=三原久明

角川春樹事務所 ランティエ
2018年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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