[本の森 SF・ファンタジー]『パラレルワールド』小林泰三/『変身綺譚集成』東雅夫編

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パラレルワールド

『パラレルワールド』

著者
小林泰三 [著]
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758413275
発売日
2018/07/12
価格
1,760円(税込)

変身綺譚集成

『変身綺譚集成』

著者
谷崎 潤一郎 [著]/東 雅夫 [編集]
出版社
平凡社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784582768695
発売日
2018/07/12
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 SF・ファンタジー]『パラレルワールド』小林泰三/『変身綺譚集成』東雅夫編

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 パラレルワールドによって引き裂かれ、会いたくても会えない男女を描いた小説はいろいろある。小林泰三『パラレルワールド』(角川春樹事務所)がとりわけ切ないのは、並行する二つの世界の間に五歳の子供がいるところだ。

 日本のある地方で豪雨と地震が同時に発生し、ダムが決壊するという大災害が起こった。会社員の良平(りょうへい)は、家族のもとへ向かう。途中で土石流に遭遇しながらもなんとか自宅にたどり着くが、妻の加奈子(かなこ)はすでに事切れていた。息子の裕彦(ひろひこ)に覆いかぶさって、落ちてくる屋根材から守ったのだ。悲しみをこらえ、遺体を置いたまま避難する良平に、裕彦は〈お母さんは大丈夫だって〉と告げる。そして加奈子と話しているようにふるまう。幼子の幻覚かと思いきや、裕彦の見ているもうひとつの世界では、良平が死んでいる代わりに加奈子が生きていることが明らかになっていく。

 姿は見えないし、子供を通してしか会話できないが、愛する妻(夫)はそばにいる。それは希望なのか、絶望なのか。揺れ動く登場人物の前に、凶悪な敵があらわれる。矢倉(やくら)という青年だ。被災をきっかけに手に入れた能力を使って殺し屋になった彼は、犯行を目撃した裕彦を家族もろとも消そうとする。二つの世界の時差を利用して人の生死を操ることができる男と、片方の世界でしか我が子を助けられない夫婦の対決に息を呑む。この世界だからこそ成立するドンデン返しにも唸った。

 東雅夫編『変身綺譚集成』(平凡社ライブラリー)は、谷崎潤一郎の作品のなかから怪異小品を集めたアンソロジーだ。収録作のひとつ「純粋に『日本的』な『鏡花世界』」で、谷崎は泉鏡花について〈先生ほど、人に異なる「独得」な世界に遊んだ作家は少い〉と書いているが、谷崎自身もまた〈「独得」な世界に遊んだ作家〉であったということが本書を読むとわかる。

 猿廻しの猿に見初められた芸者の周辺で奇怪な出来事が起こる「人間が猿になった話」、少年が腕にルビーのようなおできのある美女の裸体に魅入られる「白狐の湯」、結婚祝いとして贈られた縮緬細工の鯛が身の上話を語る「魚の李太白」などの変身綺譚の合間に、同時代の文豪や好きな作品について書いた文章を挟む構成が素晴らしい。谷崎がどんな人と交流して、どんな異文化の影響を受け、〈独得〉の世界を創造していったか、という軌跡をたどることができるようになっているのだ。猿から狐、天狗に魚……と、登場人物と一緒に自分も変身している気分が味わえる。「鶴唳」は同作をモチーフにした小山田浩子の「庭声」(新潮社『庭』に収録)とぜひあわせて読んでみてほしい。とびきり面白く妖しい谷崎ワールドは、現代の作家にもしっかりと受け継がれている。

新潮社 小説新潮
2018年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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