『能舞台の赤光 多田文治郎推理帖』
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時代小説、ミステリーに八面六臂の活躍、鳴神響一の新作
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
いま正に、時代小説にミステリーに文庫書き下ろしの世界で八面六臂の大活躍。私も新作が刊行されるたびに楽しませてもらっているのが鳴神響一である。
何しろ〈影の火盗犯科帳〉シリーズ(ハルキ文庫)をはじめとして、宮沢賢治を探偵役とした〈謎ニモマケズ〉(祥伝社文庫)、〈多田文治郎推理帖〉(幻冬舎文庫)、〈脳科学捜査官 真田夏希〉(角川文庫)と、これだけのシリーズを抱えて、どれも作品の質が高いのには恐れ入る。
今回も、さて、どのシリーズを取りあげようかとさんざん迷ったのだが、『猿島六人殺し』に続く、〈多田文治郎推理帖〉第二弾『能舞台の赤光』を扱うことにした。
主人公の多田文治郎は、後に書家、漢学、儒学の碩学として、また、洒落本の作者として名を馳せることになる沢田東江のこと。後年、書塾をひらいて多くの門弟を育て、東江流という一派を樹立するが、このときは、まだ二十六歳の若者である。
物語は、文治郎が公儀目付役・稲生下野守正英から、福岡城主で四十七万三千石の大大名、黒田左近衛権少将継高の祝儀能に誘われることで幕があく。
ところが、その能舞台が行われているとき起きたのは、衆人環視の中での殺人事件。殺されたのは、札差の上州屋。彼は、白洲席の隅のいちばん後ろに座っていたのだから、賊は青竹垣の外から、毒を仕込んだ針を埋め込んだ長柄の得物で突いたのではないか─文治郎はそう推理するのだが、謎ときは堂々めぐりを繰り返す。
そして事件に関わる人間関係を調べていくと、上州屋の悪らつな商売や、能の定光流の跡目争いなど、さまざまな事情が浮かび上ってくる。
さらに、ミステリーファンが、ゾクゾクするのは、本来、衆人環視の中での殺人は下手人にとってむずかしいはずなのに、この場合、下手人は、それをやる必要があった、と謎が解明されてくるあたりであろう。
時代小説ファンが読んでも、推理小説ファンが読んでも間違いなしの一巻だ。