古代エジプトの謎と呪い? 面白いに決まってる!

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黒いピラミッド

『黒いピラミッド』

著者
福士 俊哉 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041074404
発売日
2018/10/31
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

古代エジプトの謎と呪い? 面白いに決まってる!――【書評】『黒いピラミッド』門賀美央子

[レビュアー] 門賀美央子(書評家)

 古代エジプト文明にときめかない人間なんて、この世にいるのだろうか? 紀元前三十一世紀に始まる第一王朝から、紀元前一世紀に最後のプトレマイオス朝が滅ぶまでの約三千年、連綿と続いた世界最古にして驚異的レベルに達した文明。二十一世紀になってもなお地球上最大級の人工建造物としての地位を譲らない「クフ王のピラミッド」が築かれたのは紀元前二十六世紀だが、その工法は未だ不明というのはあまりにも有名な話だ。ちなみに紀元前一世紀の日本はというとようやく弥生時代。桁違いである。そんな古代エジプト文明の表の花がピラミッドやスフィンクスなら、裏の花はファラオの呪い……いや、むしろ「呪い」がなくて何の古代エジプトか!と拳を振り上げられるあなたなら、絶対に楽しめるのが福士俊哉のデビュー作『黒いピラミッド』だ。

 第二十五回、つまり日本ホラー小説大賞最後の大賞受賞作(受賞時タイトルは「ピラミッドの怪物」)である本作は、「古代エジプトの呪い」を中心に据えたド直球の冒険活劇ホラー小説である。物語の語り始めが十九世紀末のイギリスに置かれているぐらい、ド直球なのだ。古代エジプトの呪いといえば、イギリス人による発掘、あるいは盗掘とは切っても切り離せない。例のツタンカーメンの呪いだって、最初の犠牲者は資金提供者だった英国貴族のカーナヴォン卿だった。こうした“史実”を著者が強く意識しているのは間違いないだろう。ハムシーン─アラビア語で「砂嵐」を意味する名を持つ序章は、作中のキーマンである英国貴族・マーロウ卿の遺跡調査団に加わった男の追想として書かれている。下層階級の町・ホワイトチャペルで生まれ、貧困と暴力の中で育った少年に唯一夢を見せてくれた人形芝居。それはエジプトを舞台にしたおとぎ話で、人生をあきらめかけていた少年の心にエジプトは「希望」と同じ意味をもって刻み付けられる。やがて、ふとした出会いからエジプトへ渡るチャンスを得て、かの地で望外の成功を収めた。だが、マーロウ卿との出会いが、彼の運命を狂わせていく。謎の遺跡で全滅する調査団、九死に一生を得た男を追いかける砂嵐、そして眼前にちらつく黒いピラミッド……。

 映像畑出身という著者だけあって、話運びのテンポがよく、描写も映画のように流れていく。そして序章のラスト、迫りくる何かを前にした男の叫びはH・P・ラヴクラフトの「ダゴン」を彷彿させる。これはもう高まらざるをえない。

 第一章からは一転して現代が舞台。エジプトを旅する研究者カップルが「正規の発掘現場ではない墓から、勝手に持ち出した」ある遺物が、冒頭から容赦なく暴風のような呪いをまき散らしていく。一度でも“遺物”を目にしたが最後、誰一人としてふりかかる死から逃れることはできない。例外なく、無残な最期を遂げる。しかも、その過程が……と、これ以上はやめておこう。あの促々たる恐怖シーンは、ぜひとも先入観なしで味わってもらいたいのだ。こういった具合で、ゴシック・ホラーとモダン・ホラー、そしてコズミック・ホラーの魅力をいい塩梅に配合し、映画的手法で見せていく本作は、近年の日本では珍しいタイプの作品だといえる。

 一方、現代の古代エジプト研究をめぐる様々な事情の一端を垣間見ることができるのも、本作の魅力の一つといえるだろう。プロフィールによると、著者は早稲田大学古代エジプト調査隊に記録班として参加し、実際の発掘現場に立ち会ってきたらしい。さらに、アカハラやポスドク問題など、現代の大学界隈の諸問題を織り込んだ社会的リアリティが、時空を超えた呪いの虚構性を支えている。

“遺物”の妖力に蠱惑され、自らを失っていく人々。

 そして累々と積み重なっていく死。

 完全に巻き込まれた形で“遺物”の謎に迫る羽目になる主人公・美羽ともに、呪いとの戦いに挑んでほしい。冒険活劇ホラーならではの昏い興奮が、あなたを待っている。

KADOKAWA 本の旅人
2018年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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