『U & I』
- 著者
- ニコルソン・ベイカー [著]/有好 宏文 [訳]
- 出版社
- 白水社
- ジャンル
- 文学/外国文学小説
- ISBN
- 9784560096499
- 発売日
- 2018/09/28
- 価格
- 2,640円(税込)
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「アップダイク愛」で書かれた“追憶的評論フィクション”
[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)
とんでもなくトボケた本だ。いや、本気も本気なのだろう。
ベイカーがブレイク前に書いた初期傑作が邦訳された。「ノンフィクション」と銘打たれているが、ノンフィクションのふりをした追憶的評論フィクションというべきか。『U&I』のUは大作家ジョン・アップダイクのイニシャルで、Iはわたし。音読すると、言うまでもなく「あなたとわたし」と聞こえる。
ベイカーはある作家の死に際して追悼文を寄稿しようとするのだが、かねてより大ファンのアップダイクがウラジーミル・ナボコフの逝去時に書いた名追悼文には遠く及ばないと心が折れ、でも、待てよ、最愛のアップダイクさまが死んだらどうする、亡くなってから何か書きだすのでは遅いと思い至り、彼についてのエッセイをしたためることを決意する。
しかしこの人、アップダイクの大ファンだ、大ファンだと言うわりに、さしてこの作家の作品を読んでいないのである(既読は四十八冊中八冊)。エンリーケ・ビラ=マタスの、これまた先代作家たちへの愛を語った自伝的小説『パリに終わりはこない』でも、ヘミングウェイの大ファンで「ヘミングウェイそっくりさん大会」に出場するものの、あまりの似ていなさに失格になる、という逸話が出てくるが、それと同質の愛しいずっこけ感がある。
しかし、ベイカーはアップダイクの著作を読破しようとか、精読しなおして評しようとはしない。彼が採用するのは、あえて曖昧な記憶は曖昧なままにしておく「記憶批評」や、そもそも本を手にとりもしない「読まず語り」なる手法。前者には、往時の批評家パーシー・ラボックあたりが天国からエールを送るかも。
アップダイクへの羨望と嫉妬と屈折を綴るうち、自分の書いていることなど、とっくにハロルド・ブルームがあの『影響の不安』で書いているんじゃないか?と思うが、じつはこの名著も読んでいない。『影響の不安』を読んでいないことに不安になるだけで、読もうとしないのだ。いっそ痛快で、『読んでいない本について堂々と語る方法』の著者ピエール・バイヤールもびっくりである。
図像入り脚註にも注目を。作者が先行作の『中二階』よろしく、綿密な註釈を施したのかと思いきや、ぜんぶ訳者註。翻訳者までがすごい知識量と批評眼をこの小さな脚註欄に投入していることに感動した。怒った時のアップダイクの眉の写真や、某バンドの演奏風景などトリビアも満載。不読をめぐる、読むことの著。