『雪国の春 柳田国男が歩いた東北』
- 著者
- 柳田 国男 [著]/芦澤 泰偉 [著、イラスト]
- 出版社
- KADOKAWA
- ジャンル
- 文学/日本文学、評論、随筆、その他
- ISBN
- 9784044083021
- 発売日
- 2011/11/25
- 価格
- 792円(税込)
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旅する詩人だった「柳田国男」の名品
[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)
【前回の文庫双六】「東北に生きる民の誇りと気概」――北上次郎
https://www.bookbang.jp/review/article/565184
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高橋克彦の陸奥(みちのく)三部作に大いに興味を引かれつつ、釜石出身の高橋からの土地つながりで、『雪国の春』を取り上げよう。
『遠野物語』から10年後の1920年夏、柳田国男は陸奥の海岸沿いを旅した。この東北再訪から生まれたのが『雪国の春』である。
初出を異にするさまざまな文章からなる本だが、中心にあるのは夏の陸奥旅行、石巻から北上していく道すがら宿屋で書かれたという「豆手帖から」だ。民俗学者・柳田の旅のスタイルをいきいきと伝える文章が並んでいる。
そこには紋切り型のイメージを捨て去って、日本の土地と人々の本当の「風光」に触れたいという願いが脈打っている。旅人は目という「心の窓」を見開いて「田舎の目」と交流しようとする。「都会の目は多くは疲れている。こちらでは澄んでおるから中の物もよく映るのであろう」。とりわけ東北の人たちの目は柳田にとって、汲み尽くせない魅力の源だった。
柳田は、津波の試練に晒され続けた人々の間で、その記憶が薄れている事実に気づき警鐘を鳴らしてもいる。村ごとにある明治三陸津波の「記念塔」の前に立つ人はだれもいない。「村の人はただ専念に鰹節(かつおぶし)を削りまたはスルメを干している。歴史にもやはりイカのなま干、または鰹のなまり節のような階段があるように感じられた」。
忘れられていくものがある一方で、代々伝えられるものがある。お盆の一夜、歩き疲れた柳田は小子内(おこない)(岩手県九戸(くのへ)郡)の漁村の一軒きりの宿屋に泊まる。そこで彼を待っていたのは、女たちが輪になって踊り続ける姿だった。ひたすら静かな踊りだが、月光に照り映える女たちの様子を、柳田は「一つの楽器もなくとも踊りは目の音楽である」と「浜の月夜」に綴った。
その6年後、くだんの宿屋を再訪したときの悲しい後日談「清光館哀史」とあわせ、柳田がまぎれもなく旅する詩人だったことを伝える名品というべきだろう。