感染症の脅威を描く、日本の現状と通じるサスペンス小説とは?

レビュー

9
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首都圏パンデミック

『首都圏パンデミック』

著者
大原 省吾 [著]
出版社
幻冬舎
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784344429857
発売日
2020/05/20
価格
913円(税込)

書籍情報:openBD

感染症の脅威を描く、日本の現状と通じるサスペンス小説とは?

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

現役ビジネスマンとして第一線で活躍する傍ら、経済小説や軍事小説を手掛けてきた小説家・大原省吾さんの新刊『首都圏パンデミック』に、文芸評論家の細谷正充さんによる書評をお寄せいただきました。

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 人間は未曽有の事態に遭遇したとき、なんとかそれを理解し、どう対処すべきか考える。新型コロナ・ウィルスにより引き起こされた、一連の事態についてもそうである。カミュの『ペスト』や、小松左京の『復活の日』といった、感染症を扱った物語が売れている理由は、そこにあるといっていい。ただしこの二作以外にも、感染症を扱った、読みごたえ抜群の小説がたくさん上梓されている。大原省吾の『首都圏パンデミック』(原題『計画感染』)も、そのひとつだ。

 本書の魅力は、さまざまなエンターテインメント・ノベルのジャンルをミックスしていことだ。ひとつは警察小説である。死後数日経って発見された溺死体。警視庁刑事部捜査一課の八代文吾は、三田警察署の北条真治と組んで、この事件を追う。やがて死体の身元が、世界最大の製薬会社の日本法人「クラリス・ジャパン」の社員・碓井豊であることが判明。しかし「クラリス・ジャパン」の社長や新薬開発総責任者の態度がおかしい。碓井がクラウド上に残した暗号を解こうと、警視庁サイバー犯罪対策課の鹿取悠馬を巻き込んだ八代たち。だが鹿島は、国立感染症研究所の主任研究員をしている鈴本武に丸投げした。さらに鈴木が、アスペルガー症候群で、驚異的な分析能力を持つ長男を頼り、暗号がL型ウィルスという、未知のウィルスのデータであることを知る。

 こうした刑事の活動が描かれる一方で、異国を舞台にした冒険物語が進行する。タイの田舎の川辺に流れ着いた記憶喪失の男。持ち物から、新庄直人という日本人らしいことが判明する。怪我をしていたチャチャナイという若者の手当てができたので、医学の知識もあるらしい。また頭部に、怪しい手術を受けていた。非合法な仕事をしているチャチャナイから、妹のカンヤラットを託され、その代わりにパスポートをなんとかするといわれる新庄。だが彼を狙う敵により、チャチャナイが殺された。からくもカンラヤットを連れてバンコクにたどり着いた新庄は、別人のパスポートで旅客機に乗り込み、裡なる声に従って日本へ向かうのだった。

 以上のふたつが、ストーリー前半の大きな流れである。ただし、それだけでは終わらない。長崎県の松ヶ島で、不可解な感染症が蔓延。たちまち住民の八割が死んだ。鈴木がこの件を担当するが、政府の意向により情報は伏せられる。だが、八代たちとの繋がりにより、感染症がL型ウィルスであることや、碓井の出身地が松ヶ島であることが明らかになるのだった。そしてL型ウィルスの、恐るべき真の姿も浮かび上がる。

 といった感じで、ウィルスの恐怖もストーリーに加わる。そして新庄の乗った旅客機で、L型ウィルスが蔓延。裏には唾棄すべき陰謀があった。たまたま乗り合わせた女医の二宮貴美加と協力して状況に対処しようとする新庄だが、日本政府は非情な決断を下した。この旅客機の部分は、航空パニック物になっている。ウィルスに罹患した人々が増えていく様は、航空パニック物の先駆的作品であるアメリカのテレビ・ムービー『恐怖のエアポート』を彷彿させる(こちらは食中毒だが)。日本政府の愚策により、タイムリミットのサスペンスまで生まれ、ページを繰る手が止まらない。極限状態でベストを尽くす、新庄や貴美花の奮闘に、胸が熱くなる。地上で奔走する、刑事たちの行動からも目が離せない。ラストまで興奮しっぱなしである。

 さらにコロナ禍の続く現在を生きている私たちは、L型ウィルスによるパンデミックの可能性に、注目せずにはいられない。もちろん現実とフィクションは違う。だが、本書の登場人物が感じる恐怖は他人事ではないのだ。現場の人間の頑張りと、政府の愚策は、今の日本と通じ合うではないか。だから私たちが、本書から得るべきものは、とても多いのである。

アップルシード・エージェンシー
2020年5月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

アップルシード・エージェンシー

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