貧困ではなかった――『白蟻女』著者新刊エッセイ 赤松利市

エッセイ

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白蟻女

『白蟻女』

著者
赤松利市 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334913625
発売日
2020/08/19
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

貧困ではなかった

[レビュアー] 赤松利市(作家)

 現在、世界中の人を悩ませているのは新型コロナの蔓延(まんえん)だろう。特効薬とかワクチンへの期待が高まっているようだが、それが易々(やすやす)と実用化されるとは思えない。終息までには最短でも二年間、場合によっては十年、二十年の期間を要するだろうという識者の見解もある。

 思えば平成という時代は格差が広がり、相対的貧困が当たり前になった時代だった。働く者の多くが非正規雇用の日給月給だ。私も土木作業員、除染作業員を経験し、以降は風俗店の呼び込みなどをしながら住所不定の生活を送ってきた。その経験をもとに、デビュー以来、時代が生んだ、社会のひずみをテーマに作品を書いてきた。

 そして迎えた令和の時代、平成と地続きなのだろうと諦観していたところに新型コロナ騒動が湧き起こった。それが格差や貧困を容赦なく焙(あぶ)り出している。

 そんな時代にあって、私が題材に選んだのが昭和の時代だ。ノスタルジックな気持ちだけではない。私はあえて問いたかった。私が少年期を過ごした昭和四十年前後の時代は、今から見れば貧乏だった。私がというのではなく、世間全体が貧乏だった。しかし声を大にして言いたい。

 貧乏だったが貧困ではなかった。

 職業や立場の違いを越えて隣近所は仲が良かった。自然に挨拶を交わし、醤油(しょうゆ)などの貸し借りをし、お裾分けも当たり前の習慣として行われていた。

 重要な事なので繰り返す。

 貧乏だったが貧困ではなかった。

 これからますます生き辛い世の中になるだろう。だからあえてこの物語を綴(つづ)った。同世代の読者には昭和という時代を思い出してもらうために、それより若い世代には、こんな時代があったのだと知ってもらうために『白蟻女』を書いた。理想ではなく、かつてあった現実として書いた。

光文社 小説宝石
2020年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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