昭和から震災、コロナまで……作家は「時代」をどう描くのか【人間の凄みを描く作家ふたりの異色対談 赤松利市×吉川英梨】

対談・鼎談

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白蟻女

『白蟻女』

著者
赤松利市 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334913625
発売日
2020/08/19
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

海蝶

『海蝶』

著者
吉川 英梨 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065207758
発売日
2020/09/03
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

昭和から震災、コロナまで……作家は「時代」をどう描くのか【人間の凄みを描く作家ふたりの異色対談 赤松利市×吉川英梨】

[文] アップルシード・エージェンシー


赤松利市さんと吉川英梨さん

原発事故後の福島を舞台とした『藻屑蟹』で第1回大藪春彦新人賞を受賞し、62歳でデビューした赤松利市さん。当時、住所不定無職だったことも話題となった。その後も、初老のトランスジェンダーの生きざまを描いた『犬』、バブルで金をつかんだ男の人生が境界性障害の娘や震災をきっかけに狂っていく私小説『ボダ子』など、次々と話題作を発表してきた。

一方、9月刊行の『海蝶』で30作目となる吉川英梨さんは、第3回日本ラブストーリー大賞エンタテインメント特別賞を受賞してデビュー以来、警察小説を中心としたミステリのシリーズを多数手がけてきた。緻密な取材に基づいたリアリティと登場人物の丁寧な心理描写には定評があり、なかでも男性が多い警察組織で女性主人公が奮闘する「ハラマキシリーズ」や「十三階シリーズ」は人気が高い。

今回は、作風は異にしながら、人間の凄みや時代の狂気に肉迫するおふたりに、創作から昭和まで様々なテーマで自由にお話いただいた。

※調布FMの番組「ドリームワークス」でのおふたりの対談をもとに、再構成した内容となります。

(聞き手:高島勝秀、構成・文:栂井理恵)

編集者から詰め寄られる作家 VS 編集者と和気あいあいの作家!?

――おふたりは、今日が初対面なんですよね。それぞれ第一印象はいかがですか。

赤松利市さん(以下、敬称略) いやあ、吉川さんは、もうめちゃくちゃ売れてる人なんやなあ、と(笑)

吉川英梨さん(以下、敬称略) 赤松先生こそ!

赤松 たくさんシリーズ持ってはってええなあ、と。もちろんそれはそれでたいへんやと思いますけど。ずっとつなげなあかんわけでしょ。服装が違っていたり、時間軸がズレていたりとか、辻褄合わせなあかんし。私は月刊連載でも苦しんでる。

吉川 新作を書き始める前に、前作まで全部読みなおさなきゃいけないことがよくあります。時間的なロスが生まれますよね。正直忘れちゃっている部分もあって。編集者さんに全部読んでもらうようお願いする場合もあるんです。

赤松 そうでしょうね。けど私の小説はシリーズでけへんからなあ。

吉川 はい、難しそうですね(笑) 私は、今、赤松先生の『ボダ子』(新潮社)を読んでいる最中なんです。だから、先生がその中から飛び出してこられたような方だったので、嬉しかったです。

赤松 『ボダ子』、一番読んだらあかんやつですよ。たしかAmazonの紹介文にも書いてあったはず。

――はい、Amazonには<正直申し上げると、「これ、面白いよ!」と、気軽に人に勧めたくなるような本では決してありません。>とあります。主人公の男性が会社経営で成り上がるものの、結婚・離婚を繰り返し、愛娘は境界性障害と診断され、震災で会社もつまずいて……と凄まじい展開です。

赤松 ほとんど自分のことやから、自分で書きながら、どんどん病んでいったんです。なのに、担当編集者さんはもっとどんどん書けと詰め寄ってきて(笑)

吉川 そうなんですか(笑)私は、打ち合わせは和気藹々とやっています。編集者さんからもっとこうやれ、こう書け、と言われるようなことはあまりないですね。

――赤松先生が編集者さんに詰められて、吉川先生が楽しくやっているというのは、イメージとのギャップがあって面白いですね(笑)

昭和は「今日より明日のほうが良くなる」と信じられた時代だった

――赤松先生の新刊『白蟻女』(光文社)が絶賛発売中ですが、本作では「昭和」について描きたかったとお聞きしています。表題作「白蟻女」では、夫の通夜、遺された妻の前に、夫の愛人で自死を遂げた若い女の幽霊が現れます。彼女との出会いが、かつての夫婦の日々を蘇らせるのですが、そこには昭和から平成にかけて日本が経験した経済成長や崩落の歴史も重ね合わせるようにして綴られていきます。

赤松 書きたかったことは作品に全部書いたんやけど(笑)、敢えて言うなら、昭和は、今日より明日のほうが良くなると信じられた時代やったと思います。高度経済成長の時代は所得倍増計画などと言われていたんやけど、倍どころやない、3倍になるぐらいの時代でした。

吉川 悲しいことに、我が家は貧しかったです。父親は税理士ですが、当時はまだ見習いでした。後から聞いた話ですが「明日の給料日までにあと50円しかない」という日もあったようです。電話はいつまでたっても黒電話、埼玉県郊外に住んでいましたが、我が家だけなかなかマイカーを持てませんでした。しかし、父が税理士試験に受かったら金持ちになる、という漠然とした希望がありましたね。それこそ、今日より明日の方がよくなると信じていたから、お金がなくても楽しく暮らしてはいました。

赤松 そやから、経済的な差があっても<格差>はなかった。父は大学教授だったんやけど、近所の植木屋のおじさんや大工のおじさんとも交流があって、いつも仲良くしていた。職業や収入での壁はなかったんです。それが、現在は、壁ができている。

吉川 なるほど。ちなみに我が家の例で言うと、父親が税理士試験に合格し、独立したのは、バブル崩壊が始まったころ。金持ちになれるどころか、その後も生活はずっと大変だったようです。母の口癖ですが「バブルの恩恵は少しも受けられなかったのに、バブルのあおりだけは多大に受けた」ですね。

――経済成長が起きると衰退する。これは経済や国の原則です。アメリカなどは、その格差を原動力にしてサバイバルしている印象も受けます。ただ、それでも国力の低下のきっかけは、トラックの運転手などの賃金が下がるなど肉体労働が評価されなくなる、つまり労働の評価が変わることだと思います。『白蟻女』でも、農家として独立独歩の道を歩んできた夫妻の人生が、土地開発によって歪められていくという象徴的な出来事が起こりますね。

赤松 そうやね。そこから生まれる人情みたいなもんを描こうと思ったんです。私にしたらホンワカしたストーリーになりました。

――警察庁直轄の諜報組織を扱った吉川先生の<十三階シリーズ>でも、日本赤軍や三里塚闘争など昭和という時代に生まれた左翼組織や闘争の形が描かれています。吉川さんにとっての昭和はどのような時代ですか?

吉川 日本赤軍などは戦中からの流れがあるせいか、私には、昭和は暗い、大変だった、というイメージが強いです。ただ、私が「時代」というものを意識できるようになったのは「平成」からですが、ファミコンやディズニーランドなど近代的な素地が出来上がってからの「昭和」は、平成色も強いですよね。そう考えると、「昭和」とひとくくりにするには、昭和ってあまりに長い、幅がありすぎる、という印象でしょうか。

人々の人生を変えた東日本大震災、「被災」を描く作家の覚悟

――と、昭和についてのお話をお伺いしてきましたが、先に話題に上った『ボダ子』では、主人公の男性の半生を通じて、昭和の終わりから平成にかけての赤松先生ご自身のビジネスキャリアについて、赤裸々に描かれていますね。

赤松 新卒で就職した大手消費者金融会社での仕事に燃え尽きて辞めたのですが、35歳でゴルフ場のコース管理をする会社を起業してから55歳まで20年間、アホみたいに働いてました。昭和から平成に移り、バブルは崩壊しましたけど、めちゃくちゃ稼がせてもらいました(笑)

――具体的には、どのような仕事をなさっていたのでしょうか。

赤松 ゴルフ場のコースのクオリティや予算を可視化して……あ、「可視化」とかもうよく使われる言葉やから本当は使いたくないんやけど……効率よく管理する仕組みを作って、そのビジネスモデルの特許を取った。そして、ゴルフ場のコンサルティングをしとったんです。ただ、最初はよう儲かりました。月いくらの顧問料をもらいつつ各ゴルフ場から社員を借りて仕事をしてたんで、次第に彼らも仕事を覚えてくるわけやね。景気が悪うなると、契約解消、人も返してくれってことが続き、行き詰りまして……。

吉川 まさに『ボダ子』に書いてある通りですね。

赤松 それで、今度はゴルフ場の省エネを思いついた。当時は地球温暖化問題がブームやったから、関西の大手住宅メーカーと連携して、ゴルフ場に特化した省エネモデルを考えたんです。その省エネモデルをゴルフ場に売り込もうと、東京・赤坂で開催されたゴルフ場業界関連の理事会のパーティー会場に駆けつけたら――それが2011日3月11日。東日本大震災の当日で、すべてがパア。それから、被災地での土木事業に活路を見出し、しばらく東北で働くことになりました。

吉川 赤松先生は、『藻屑蟹』でも『ボダ子』でも、震災について書かれているのですが、凄い迫力ですよね。震災では、多くの尊い人命が喪われ、土地や建物、そこでの営みまでもが奪われた。でも、そこでの復興にも光と影がある。きれいごとは誰にでも言えますが、何が本当に<可哀想なこと>なのか――赤松先生の作品では、そこに迫っていらっしゃる。私が書いているのはミステリなので、なかなかそこまで深い人間ドラマを描くことは難しいのですが。

赤松 『藻屑蟹』は、むしろ被災地をディスってますけどね(笑)

吉川 でもそれは、現地に行ったからこそ書けることだと思います。9月に出版された私の著書『海蝶』は、海上保安庁を舞台にしているのですが、主人公の女性潜水士は被災地出身という設定だったので、初めて被災地に取材に行きました。私は3・11の時はちょうど上の子の妊娠初期で、つわりがひどく寝込んでいたんです。元々ボランティアが好きでNGOなどでも活動していたので、現地に行ってボランティアができないもどかしさがありました。原発のこともあって東日本にいる妊婦は西へ逃げろ、という風潮が強くて、現地の役に立つどころか、私は西にある夫の実家に「疎開」していました。私の中では、被災地になんの貢献もできなかったという後ろめたさがすごくある。被災地に何にもしていない自分が震災を書いていいのか、という葛藤は本当に強かったです。

――『海蝶』は、横浜海上保安部に所属する女性初の潜水士の挑戦の物語であると同時に、同じく海上保安官である父や兄との家族との絆を描いた物語でもあります。この家族が再生する過程で、彼らが被災した経験が大きな意味を持ってきます。たいへん心に迫る描写で、本作の読みどころのひとつとなっていると思います。

コロナ以降の時代をどう描いていくか

――おふたりに作家としてこれから書いていきたいことについてお尋ねしたいです。

赤松 「これから」を問われると、作家としたら書かざるを得ないでしょう、コロナを。

吉川 私も書いてみたいですが、主戦場である警察小説だと合わないんです。<新東京水上警察シリーズ>は東京オリンピック開催を前提とした警察署だったので、今回の展開を受けて緊急事態宣言下を舞台に書きましたが、その他の作品では、編集者さんと相談して、コロナ禍での現状に触れないように書くことにしています。

赤松 新型コロナウイルスへの感染はもちろん重要な問題ですが、治っても後遺症は重い、ワクチンはなかなかできない。マスクをして自粛をして……こういう生活が毎年続く、いや10~20年は続くでしょう。今年64歳になりますが、もう人生最後は「ウイズコロナ」なんやろな、って(笑) だとしたら、自分が現代を書くときは、これからはコロナ抜きでは書けないと思っています。

吉川 私も、赤松先生には書いていただきたいなと思います。読みたいです。ただ、私自身はわりとコロナに対しては楽観視していて、ワクチンで普通の日常が数年で戻るのではと思います。ただ、ウィルスや細菌はどんどん進化しますから、例えば「超・新型インフルエンザ」とか、「新型アデノウィルス」なんかが出てきたら、人々がコロナ禍のことを思い出し、過剰反応してしまうかもしれません。これまで人はウィルスや細菌と共存してきているのに、過剰に怖がって経済が止まるのが本当に怖い。最終的には「人」、そして作り出される「空気」がいちばん怖いです。

――最後に、お互いにお聞きになりたいことはありますか。

赤松 どうやったらシリーズ作れるかって話やな(笑)

吉川 シリーズにもパターンがあって、サザエさん方式で同じ登場人物が歳をとらないのと、作者と一緒に歳をとっていくのとあって、私は後者を採用しています。メインのキャラクターたちの人生を見つめているような感覚です。ピリオドを打ったあとに、あの人たちはどうなったんだろう、というところから次作はスタートしますね。

赤松 それはつまり、愛される主人公を作るということになりますよね。

吉川 ただ「愛される」ために欠点をいかに描くか、ということが重要かと思っています。私の場合は、警察小説だから、主人公は必ず事件を解決しないといけない。となると、捜査能力が高い、つまり仕事ができる人間でないといけない。仕事もできてプライベートもうまくいってるとなると、ちょっとつまらないですよね(笑)だから、どういう欠点を持たせるか……といつも悩みます。

赤松 あ、それは大丈夫やな。私の小説には愛される人物はおれへんから(笑)

吉川 でも、私は『ボダ子』の主人公の男性、好きですよ。私は完璧な男性が苦手なところがあるので、ああいう男性に惹かれます。

――逆に、吉川先生から赤松先生に聞きたいことはありますか。

吉川 私は、小説家になってからあまり本を読まなくなってしまったんですけど、赤松先生の書籍を拝読していると、実体験のみならず読書量が凄いなって感じるんですが……。

赤松 やっぱり読書量は減りましたね。これではまずいなってことで、今年から生活習慣を変えました。デビュー後は休みなく書き続けてきたんやけど、もう著作が10冊を超えたし、休む日を作るようにして、その日は本を読んで過ごしていますね。

吉川 私は本を読んでいると自分の物語に引っ張られてしまって、読むのがすごく遅くなるんです。自分が書いているものを忘れられないのか、そちらの物語のことばかり考えてしまう。

赤松 それ、分かります。逆に私の場合は、自分の書いているものが、読んでいるものに引っ張られてしまう。そやから自分がそのとき書いているものに近いものしか読まないようにしてる。

吉川 なるほど、作家によって違うものですよね。たいへん勉強になります。これからも赤松先生の作品、楽しみに読ませていただきます。

赤松 よろしくお願いします。

(2020年8月17日収録)

 ***

赤松利市(あかまつ・りいち)
1956年、香川県出身。関西大学文学部卒業後、大手消費者金融会社に入社。35歳で起業したが、精神病を患った娘とともに暮らす生活の中で会社が回らなくなり、仕事も家庭も破綻する。2011年の東日本大震災後、東北で土木作業員、除染作業員を経験したのち上京。風俗店の呼び込みなどで食いつなぎながら、漫画喫茶で書き上げた『藻屑蟹』(徳間書店)で第一回大藪春彦新人賞を受賞する。著書に『鯖』『犬』(徳間書店)、『ボダ子』(新潮社)、『純子』『らんちう』(双葉社)、『アウターライズ』(中央公論新社)など。2020年、『犬』で第22回大藪春彦賞受賞。最新作は『白蟻女』(光文社)。

吉川英梨(よしかわ・えり)
1977年、埼玉県生まれ。2008年に「私の結婚に関する予言38」で第3回日本ラブストーリー大賞エンタテインメント特別賞を受賞し作家デビュー。著書に「新東京水上警察」シリーズ(講談社)、「女性秘匿捜査官・原麻希」シリーズ(宝島社)、「警視庁53教場」シリーズ(KADOAKWA)、「十三階の女」シリーズ(双葉社)のほか、『ハイエナ』『雨に消えた向日葵』(幻冬舎)、『ブラッド・ロンダリング』(河出書房新社)など多数ある。新作の度に期待を大きく上回る作品を刊行し続け、サスペンス・ミステリーの新旗手として注目を集めている。最新作は『海蝶』(講談社)。

聞き手:高島勝秀、構成・文:栂井理恵

アップルシード・エージェンシー
2020年9月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

アップルシード・エージェンシー

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