現在進行中のディストピア 『日没』桐野夏生

レビュー

11
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

日没

『日没』

著者
桐野夏生 [著]
出版社
岩波書店
ISBN
9784000614405
発売日
2020/07/28
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

現在進行中のディストピア

[レビュアー] 円堂都司昭(文芸評論家)

 小説家のマッツ夢井(ゆめい)に総務省文化局・文化文芸倫理向上委員会(略称ブンリン)から召喚状が届いた。海辺の断崖の療養所へ連れていかれ、作品がレイプや暴力、犯罪に肯定的で社会に適応していないといわれ、矯正のための作文提出を求められる。反抗すれば減点が申し渡され、滞在期間は延びていく。

 桐野夏生(きりのなつお)『日没』は、そんなディストピアの王道的設定で展開される。マッツは、他の収容者が部屋で同じ文言を書き続ける姿を想像する。雪で閉鎖されたホテルで執筆中の小説家が狂っていく映画『シャイニング』からの連想だ。だが、同じくスティーヴン・キング原作の映画なら『ミザリー』のほうが近い。読者が小説家を監禁し、自分の好みにあうように書けと強制する話だ。『日没』の場合、収容は読者からの告発が原因らしい。召喚前、小説の参考にと、つまらない四方山話(よもやまばなし)を送りつける人がいたのを主人公は思い出す。療養所の職員も、時おり小説家に対する私的感情をうかがわせる。

 小説を深く考えていない人が、悪意ではなくむしろ正しいと考えて小説に求めることと、国民を統制するための国家判断がどのように結びついているのか、判然としないままなのが本書の怖さだ。かつて主人公は、良識からはずれた性愛を描いていたが、特に反権力だったわけではない。世の中の動きに関心をなくし、ニュースもみなくなっていた。ヘイトスピーチ法の成立と同時に差別表現も規制されたという、この国のルール変更に彼女は気づいていなかったらしい。社会への関心を失った小説家が、小説に思い入れのない層からいつの間にか追いつめられている。これは未来ではなく、今進行中の出来事だ。

光文社 小説宝石
2020年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加