『酒国』
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いきなり大宴会 次々に出てくるアルコールの悪夢
[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「酒乱」です
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ノーベル賞作家・莫言の『酒国』を読む者はだれしも、中国の男たちの飲みっぷりに感服し、恐怖すら覚えずにはいられないだろう。
舞台は、炭鉱経営で栄える都市・酒国。ボス連の関わるおぞましい犯罪の真相を探るべく、特捜検事・丁鈎児(ジャック)が派遣される。するといきなり大宴会だ。
炭鉱の所長や共産党委員会書記に招待されて、ジャックは大円卓の前に坐らされる。所長らは「決してお酒など勧めませんから」といいながら、ジャックの杯に満々(なみなみ)と酒を満たす。断り切れないままジャックは白酒(パイチュウ)を九杯立て続けに干し、「意識と身体が分離」した状態に。だがそれはほんの序の口でしかなかった。
女性服務員のサービスよろしく、茅台(マオタイ)酒、ワイン、ビール、黄酒(ホワンチウ)がちゃんぽんで供される。珍味佳肴(かこう)をたらふく詰め込みつつ、何十杯も飲まされるうちジャックはあえなく嘔吐。そこに市党委員会の大物部長が到着する。「遅れましたので、罰杯三十杯といきましょうか」と酒宴再開が宣言され、ジャックは際限ない深酔いの淵に落ちていく。そのとき彼の前に悪夢のような「主菜」が運ばれてくる……。
ここまででまだ冒頭の四十ページ。莫言の書きぶりはマジックリアリズム+メタノベルとでもいおうか。莫言自身も登場し、彼を師と仰ぐ読者からの手紙やその男の書いた奇怪な小説が挿入され、作品全体がたえず乱反射して酩酊を誘う。エピローグの「正午の宴会」に至るまで、恐るべき高アルコール度数を誇る傑作だ。