『猫がこなくなった』
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日々感じる謎の数々 最大の謎は猫の存在だった
[レビュアー] 大竹昭子(作家)
言葉は一語ごとに意味があるから、それをつなげた文章を読むというのは、言葉に込められた意味を読み取ることに等しい。
だが、九つの短編が入った本書は、それとはかなりちがう読書体験をもたらす。言葉が意味を伝えるためではなく、意味にがんじがらめになった世界の向こう側に突き抜けるために綴られている。とっつきがいいとは言えない、校正のアカ字だらけになりそうな文章! でも、読み進むうちに、不思議なことに通常の文章では味わえない境地へと引込まれていく。
「ある講演原稿」では、廃屋になった隣家の物置を覗くと、中に小さな赤ん坊を抱いた眼光の鋭い女の人がいて、一週間くらいしたらいなくなるからだれにも言わないでくれと頼まれる、という子ども時代のエピソードが語られる。
「エッチな気分が掻き立てられてセックスとかあるいは恋愛とかそういうわかりやすい形になるより前のエロス、生命活動に先立つ靄(もや)のような、靄なんだけど張りつめたものがある、強いけれど掴むことはできない、そういうものを喚(よ)び起した」
社会通念化したわかりやすいオチにすがらずに、日々感覚している謎へと著者の筆は突き進む。その謎の最たるものは猫の存在だ。語り手の「私」は家で飼うだけでなく、外猫の世話もしているが、「猫がこなくなった」に出てくる外猫のレディは、人に触られるのが大嫌いだったのに、別の家では平気で撫でさせるどころか、幸せな家猫となって暮らす。なぜそうなったか。それは言葉で解析不可能な、レディの体だけが知っていることなのだ。
この世に現象するありとあらゆる物事が、人間に言葉を超えた働きかけをしている。地上に存在するものだけでなく、地上からすでに消えたものすらもそうだ。目の前に立ち現れるものと記憶とのやりとりにより、人は生き、生かされているのだ。