人類史が教えるパンデミック収束の道筋と、コロナ後の世界

インタビュー

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図解 感染症の世界史

『図解 感染症の世界史』

著者
石 弘之 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784044006334
発売日
2021/01/29
価格
1,320円(税込)

書籍情報:openBD

人類史が教えるパンデミック収束の道筋と、コロナ後の世界

[文] カドブン

新型コロナウイルス感染症の発生から1年。世界を巻き込んだパンデミックは、人間が忘れかけていた「生態系の掟」を思い起こさせました。その掟とは…? 石弘之さんにお話をうかがいました。

石弘之さん。10万部を突破した『感染症の世界史』の著者。東京大学卒業後、朝...
石弘之さん。10万部を突破した『感染症の世界史』の著者。東京大学卒業後、朝…

■衰えを知らない新型コロナウイルス

――新型コロナウイルスをきっかけにしたインタビューをしてから、間もなく一年です。振り返ってみてどんな感想をお持ちですか。

石:ちょうど100年前にも「スペイン風邪」というインフルエンザの大流行があり、推定5000万人から1億人が死亡しました。改めて、そのときの対策や社会的な影響を調べているのですが、「しっかりマスクをして、人混みには出ない。感染が疑われる人には近づかない」と。今と変わらないのですね。「歴史は繰り返す」というのか、「歴史から何も学ばなかった」というのか……。

――現在の状況を想像していましたか。

石:ここまでとは想像していませんでした。新型コロナウイルスはRNAウイルスという種類で、変異を起こしやすいタイプなので、大変なことになるかもしれないとは考えていました。一方で、SARS(重症急性呼吸器症候群)を引き起こした「SARSコロナウイルス」の兄弟分ですから、数か月で収束するかも、とも思っていました。  

 SARSは2002年11月に最初の患者が確認され、翌年7月にWHOが終息宣言を出しました。オリンピックの前には収まるかもしれない、と予想していたのですが甘かったですね。

21世紀になって流行したコロナウイルスが原因の感染症。どのウイルスもコウモ...
21世紀になって流行したコロナウイルスが原因の感染症。どのウイルスもコウモ…

――いまだ勢いが衰えません。ヨーロッパやアメリカでは特に猛威を振るっています。

石:今回のパンデミックは、人類にとって第二次世界大戦後の最大級の試練と言えると思います。度重なるロックダウンで社会は混乱し、経済は停滞、政治は効果的な対策を打ち出せないままに試行錯誤を繰り返しています。この間に、貧富の差が拡大し、発展途上地域では飢餓人口が前年の2倍に急上昇しました。

――感染症の歴史を追ってきた石さんは、新型コロナウイルスというのはどんなウイルスだと見ますか。

石:正直、まだ正体がつかめません。なぜこれほど感染力があるのか、ほかの感染症に比べて致死率が高くないのか。感染症は人間側の努力で封じ込められると思っていましたが、どこまで可能なのでしょうか。

――封じ込められた国と封じ込められなかった国、対応にも差が出ました。

石:今の段階ですと、どこが成功でどこが失敗したとはまだ評価はむずかしいと思います。

 たとえばスウェーデンは感染予防をせず、集団免疫をつけることで収束を狙いました。ヨーロッパ中がロックダウンしている中で、行動制限も緩やかでしたが、4~5月に感染者が増加。その後、夏前には落ち着きましたが、再び11月ごろから感染者が急増しました。とはいえ、ほかのヨーロッパ諸国と比較して人口当たりの死者が多いわけではありません。

 日本も国内では、政府が批判されていますが、アメリカに比べると、死亡者は2桁少ないのは事実です。そういった国々と比べたら、まだうまくいっているという見方もあるかもしれません。一方で、自宅療養を強いられ、亡くなる方が後を絶ちません。日本は人口当たりの病床数は世界一にもかかわらず、です。

 東日本大震災や福島原発の事故のときもそうでしたが、日本の政治はなぜこうも「非常事態」に対して準備不足であり、対策が後手後手にまわるのでしょう。

――まだ評価は難しいということですが、台湾はいかがでしょうか。

石:台湾は現時点では成功でしょう。コロナ禍のなかで「一服の清涼剤」になりました。全世界が侮っていた中で、2003年のSARSの教訓を生かし、水際対策を徹底しました。現在、約2300万人の人口に対して死者は7人です。オードリー・タン氏を中心としたIT対策が功を奏したことに注目が集まっていますが、そのほかにも比較的人口が少ないこと、民族的な統一性があり対策が立てやすかったことも挙げられると思います。さらに経済的な豊かさも外せません。

――石さんがいつもおっしゃる、人類と微生物、という視点ではいかがですか。

石:人類という視点から見れば、ワクチンを奇跡的な猛スピードでつくったとか、新薬開発の可能性が高まったとか、希望もありました。一方で、アメリカやブラジルの大統領のように対策の足を引っ張った政治家には絶望しましたが。

 世界を見渡して、国民の命や安全を守るのに、改めて政治家の「質」がいかに大切かを痛感しました。

■見て感染症を知る新刊『図解 感染症の世界史』

――角川ソフィア文庫『感染症の世界史』は、新型コロナウイルスの流行より1年以上前に刊行されながらも、今回の流行を予想していたかのような記述があり、話題になりました。

克服できる日は来るのか。40億年の地球史から人類と微生物の関係をたどる ...
克服できる日は来るのか。40億年の地球史から人類と微生物の関係をたどる …

石:歴史を読み解けばおのずと結論が出てくることで、特別なことはしていませんよ。この本はもともと2014年に、洋泉社という出版社で単行本として刊行しました。その後文庫になり、そして今回、図解本にまでなりました。私自身も驚いています。

――今回の図解本ではどんなことを考えましたか。

石:『感染症の世界史』をより多くの方に読んでもらえたらと、グラフやイラストを多く掲載し、視覚的にとらえられるように試みました。興味を持ったら、文庫の方も読んでもらえたらうれしく思います。歴史を知ることで、人類はこの先、どう感染症と向き合っていけばいいのかを考えるきっかけにしてもらえたらと思います。

『図解 感染症の世界史』のページ。1見開きに1テーマのシンプルな構成。見て...
『図解 感染症の世界史』のページ。1見開きに1テーマのシンプルな構成。見て…

――石さんは環境史の専門家の視点から感染症を読み解いてきました。今回の新型コロナウイルスはどうでしょうか。

石:人間がこれほどの過密社会を作らなければ、ウイルスも持続的に感染を広げられなかったでしょう。人類の発展の陰で、森林や原野などの自然環境はズタズタに破壊されて、人と自然の障壁が失われました。新型コロナウイルスも森を追われたコウモリが宿主だとされています。

 病原体を保持する多くの野生動物が生息地から追い立てられて、ウイルスや細菌とともに都市に逃げ込んできました。その一方で都市という過密社会が拡大を続け、大規模な高速の交通網が張り巡らされ、病原体が短時間で拡大できる環境が整いました。

 過去100年間で世界の都市人口は10倍以上に膨れ上がり、人口密度は12倍にもなりました。過密社会は飛沫や空気を介して感染を広げるウイルスにとっては絶好の培養器です。

「科学技術の発展は病原体を完全に制御できる」と信じていた人間の傲慢さは、完膚なきまでにうちのめされました。

――感染症は、人類が引き起こした面もあるのですね。

石:「自然災害」という名の「人為的災害」が地球規模で激増しています。その多くは、人間が招いたものです。大地震が来れば真っ先に被害を受ける軟弱な地盤や急傾斜地に住宅地を作り、大津波によって破壊されれば機能が停止するばかりか二次的な放射能汚染を引き起こす原発を全国の海際に建設してきました。病原体もいつのまにか、人為的災害と化しています。

――新型コロナウイルスのニュースの一方で、鳥インフルエンザのニュースもよく聞きました。2020年11月にも香川県で鳥インフルエンザが発生して、10県に拡大し、336万羽の鶏が殺処分されました(2020/12/14現在)。最近でも富山県や千葉県で発生しています。過密飼育が問題になっていますから、人為的な面に目を向けざるを得ません。

石:2009年に世界中を巻き込んだ新型インフルエンザは、アメリカの大手養豚会社の巨大養豚場が発生源とみられています。高密度飼育と不潔さで悪名高い養豚場でした。

 各国で動物福祉の観点からも、飼育基準作り、アニマルウェルフェアという考えが広がっています。感染症防止の観点からも重要だと思います。

 ただ日本国内ではコスト高になると業界が反発しています。元農林水産大臣の吉川貴盛氏が収賄の疑いで在宅起訴されたのは記憶に新しいところです。日本養鶏協会の特別顧問からアニマルウェルフェアを進める国際機関に対し、業者に不利益がないように要望したと報道されています。

■世界中で進む感染症研究

――新型コロナウイルスに対する研究はどのくらい進んでいるのでしょうか。

石:日々、成果が発表されていて、そのスピードには目を見張るものがあります。「サイエンス」や「ネイチャー」など、世界の科学ジャーナルには、毎朝、新しく投稿された論文のタイトルが掲載されます。合わせれば、1日当たり数十本くらいでしょうか。どんな研究が進んでいるのか楽しみで、タイトルをチェックするのが朝の日課になりました。

 投稿がもっとも多いのはアメリカで、次に中国です。残念ながら日本の論文は数えるほどです。その理由については話すと長くなるので今日は言及するのをやめましょう。

 新しい研究にどんなものがあるのかといえば、たとえば『図解 感染症の世界史』でも紹介しましたが、新型コロナウイルスとネアンデルタール人の関係などは、とても興味深いですね。PCRで有名になった遺伝子解析技術の進歩で、思いもかけない発見がつづいています。

 ドイツのマックス・プランク進化人類学研究所がネイチャー電子版に発表した論文によれば、「約6万年前に交雑した現生人類が受け継いだネアンデルタール人のある遺伝子が、新型コロナウイルスの発症にかかわっていた」というのです。驚きました。

――ネアンデルタール人、歴史の授業で勉強した気がします。人類の祖先だったかな……。

石:私たちの直接の祖先と考えられているのは現生人類です。およそ20万年前に出現して、5万~6万年前に世界に拡散していきました。一方のネアンデルタール人は約50万年前から4万年前まで、ヨーロッパ大陸などに住んでいました。両者は無関係で交雑できないとされてきました。それが、おそらく数十万年前に中東で出会って、両者が交雑したということになります。その遺伝子の一部が私たちにまで引き継がれているのです。

――想像もつかないほどの壮大な時間の流れですね。

石:新型コロナウイルスだけではなく、感染症そのものの研究も進んでいます。

 私が今、一番興奮しているのが、これまでの想像をはるかに超えて、感染症が人類史に影響を及ぼしてきたのでは、という指摘です。

 たとえば、新石器時代末期に、骨の山だけを残して突如として地球上からかき消えた遺跡が、中国やヨーロッパで発掘されています。中国で発掘された100体くらいの骨には、争った跡もなく理由がわからなかったのですが、骨髄の遺伝子を調べたところ、ペストに感染した痕跡が見つかりました。太古の時代のパンデミックで集落が全滅した可能性がでてきました。

 新型コロナウイルスの方は大迷惑ですが、人類史に関わってきたウイルスの研究の方は心躍ります。

見るだけで理解できる! ベストセラー『感染症の世界史』の図解版が刊行 『...
見るだけで理解できる! ベストセラー『感染症の世界史』の図解版が刊行 『…

■いつ収束するの?

――新型コロナウイルスの今後の見立てを教えてください。

石:ワクチン接種が始まりましたから、今はワクチン頼みでしょうか。人口6~7割が免疫をもてば集団免疫が完成するとされています。それ以上広がらなくなるというわけです。

 最終的にはどの感染症のウィルスも徐々に弱毒化し、人類と共生の道を歩みます。人類最強の感染症ともいわれたエボラ出血熱もエイズも弱毒化の傾向が見えます。10年もたてば、コロナウイルスは毒性がきわめて弱くなるという予想もあります。

――集団免疫、先ほどもスウェーデンのところで出てきました。改めてどういうことなのか教えてください。

石:集団の中で大多数が免疫をもてば、それ以上広がらない、という考え方です。たとえば日本で幼少期に予防接種が義務化されているポリオや結核は、集団免疫ができていますから、何かしらの要因で感染者が発生しても大流行になりません。

 単純な例でいえば、10人中1人が感染していても、6~7人が免疫を持っていれば、それ以上広がらない、というわけです。

――当初は1年半かかるといわれたワクチンが想像以上のスピードで開発され、接種が始まりました。

石:ワクチンは健康な体内に異物を入れるのですから、実用までには何段階もの治験が行われます。開発には通常、10年以上かかります。今回は世界中で待望論が高まっていました。ワクチンは1兆円産業であり、各国とも威信と儲けをかけています。残念なことに、医学先進国のはずの日本は、ワクチン開発競争に後れを取っています。

――ワクチンが効いて、集団免疫が完成すれば一安心ですね。

石:今回の新型コロナウイルスが収まっても、中国奥地に生息する自然宿主のコウモリには数百種のコロナウイルスの変異株が見つかっているそうです。そのなかには次の出番を待っているものがいるかもしれません。次の感染症に備えることも大切だと思います。

 もうひとつ気がかりなのは、私の友人で新型コロナウイルスに感染した人がいるのですが、7ヵ月後に再検査したら抗体がまったく消えていたそうです。ワクチンが普及してもどれだけ効果が持続するのか。ちょっと心配になります。

――私たちは喉元過ぎれば熱さを忘れがちです。今回の流行に教訓を見出すとすればなんでしょうか。

石:生態系の掟でしょう。生物の一種だけが資源・生息域(空間)を独占して増え続けることはできない、というものです。生態系の維持のために必ず天敵によって人口が制御されます。過去の例から見て、コロナが収まってもまた別の病原体が現れるでしょう。

 人を含め、天敵なくしてすべての生物の存続はあり得ません。私はかねがね、人類の最後の天敵は「ウイルス」と「自動車」(世界で年間135万人が事故死する)だといってきましたが、今は増えすぎて天敵にやられている真っ最中なのでしょう。改めて、人間は生物の一員だったと実感しています。むろん、感染された方はお気の毒ですが。

 急がば回れで、これまでの病原体の闘いをしっかり見据えて、共存の道を探るのが私たちに残された唯一の方法です。

▼石弘之『図解 感染症の世界史』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322007000074/

取材・文:編集部 

KADOKAWA カドブン
2021年02月05日 公開 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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