流れるように重なるように……情緒を排して描かれる切ない愛

レビュー

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愛人

『愛人』

著者
Duras, Marguerite [著]/清水 徹 [訳]/デュラス マルグリット [著]
出版社
河出書房新社
ISBN
9784309460925

書籍情報:openBD

流れるように重なるように……情緒を排して描かれる切ない愛

[レビュアー] 吉川美代子(アナウンサー・京都産業大学客員教授)

 フランスを代表する女流作家マルグリット・デュラスは仏領インドシナ(現ベトナム)で生まれ、17歳まで過ごした。そして70歳の時に、フランス人少女と中国人青年との性的関係を描いた自伝的小説『愛人』を発表して話題となった。

 サイゴンのフランス人高校に通う15歳半の少女は、メコン河の渡し舟の上で上品な中国人青年から声をかけられる。小説の中で「男」または「彼」と呼ばれる中国人は大富豪の華僑の息子。これをきっかけに始まった二人の関係は、少女一家がフランスに帰国するまで1年半にわたって続く。だが、小説のテーマは二人の性愛だけではない。貧困、暴力、母の精神状態など深刻な問題を抱えた家族の愛憎も同時に描かれる。一人称と三人称が混在する独特の文体。現在形から過去形へと唐突に変わる時制。記憶にある映像が、情緒を排した簡潔な文章によって、流れるように重なるように現れる。

 映画『愛人/ラマン』は二人の関係に重点を置いて描いている。だから全裸シーンも多いが、あまりエロティックな印象を受けない。賑やかな中国人街にある情事のための部屋。鎧戸の隙間から微かに差し込む光が薄暗い室内に影を作る。少女は男に言う。「愛はいらない」。そして処女を失う。

 主演のジェーン・マーチは孤独な少女の痛々しい強がりと悲しみを好演。いつも男物の帽子を被っていたというデュラスの少女時代のイメージそのものだ。

 1年半の間、男は少女に愛情を注ぐが、彼女は愛を求めない。金銭目当てだったのか? フランスに向かう客船はインド洋を航行中。月明かりの中、海を見ている少女に聞こえてきたのは、深夜のサロンで誰かが弾くショパンのワルツ。その瞬間、彼女は自分が男を愛していたことに気付き、泣き崩れる。原作でも映画でも胸が締め付けられるような場面だ。だが、物語はここで終わらない。かなりの年数が経ち、パリで有名作家となった彼女のもとに男から電話がかかる。ジャンヌ・モローのナレーションで語られる男の言葉。「あなたをまだ愛している。死ぬまで愛するだろう」。なんという切ない愛……。

新潮社 週刊新潮
2021年4月1日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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