『魂手形 三島屋変調百物語七之続』
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神田三島屋で行われる百物語 木賃宿の主が語った怪談とは
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
聞き手が、おちかから「小旦那」富次郎に代わっての『三島屋変調百物語七之続』には、中篇が三つ収められている。
表題作で語るのは、年老いた元木賃宿の主・吉富(きっとみ)。本題に入る前に、西瓜のお化けの話があるのは、作者の岡本綺堂趣味を思わせる。
さて、本題。物語は吉富が嫁を迎えんとする若かりし日の事。骨と皮の様に痩せた鳥目の客が宿に泊まるところから始まる。彼が泊まった部屋は寒気がし、その懐には、巻紙を幾重にも折りたたんで封をした一通の文書(もんじょ)が忍ばせてある。その文書は込み入った紋様の浮き出した赤い蝋で封じてある。
この文書は大木戸はむろん、箱根の関所も通る事が出来、出る所に出れば誰もが畏れ入る物で、これを持っている客は、大事にしなければならない。
そして鳥目は、自分は魂の里から来た水夫(かこ)で、さ迷う魂を収まるべき所に連れて行かねばならない。
では、鳥目と彼が連れている魂・水面(みなも)はどこへ行くのか。鳥目は水面の前に、自分の連れていた魂を、永遠に成仏出来ぬ怪物にしてしまった失策を悔いている。
本書の中で、一番の長物語だけあって力作感があり、語り手が子供の頃、何故祖母から曲尺(かねじゃく)で厳しく折檻されたかにも一工夫あり、人物造型で言えば、木賃宿の後妻お竹のそれが一番成功している。
そして、私がこの一巻の中で最も愛してやまない一篇が「一途の念」である。
今まで、これほどまでに痛ましくも切ない怪談があっただろうか。その事は、ラストにおける一種のどんでん返しでわかるのだが、そうした技法をもって語るのが憚られるほど物語はひたすら悲しい。
あと一篇、不思議な力であらゆる火気を祓う神器が登場する「火焔太鼓」があり、三篇すべての最後にもう一工夫あるのが心憎い。