少し後の晴れ間を楽しみに、お家の中で本を読みましょう! ニューエンタメ書評

レビュー

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  • スモールワールズ
  • セゾン・サンカンシオン
  • ネメシス1
  • ブックキーパー 脳男
  • スイッチ 悪意の実験

書籍情報:openBD

ニューエンタメ書評

[レビュアー] 大矢博子(書評家)

 ただでさえお出かけがはばかられるご時世に加えて、梅雨である。まあこればかりは仕方ない。晴耕雨読という言葉もある。幸いなことに読み応えのある新刊がざくざく出ているので、雨の日は本を読もう。もちろん晴れの日も。

 一穂ミチ『スモールワールズ』(講談社)は、決してハッピーな話ばかりではなく、むしろ辛い描写が多いのに、なぜかぬくもりがじんわりと心に染みてくる短編集だ。

 子どもが欲しいのに恵まれず焦っている主婦と、家庭に恵まれず深夜までコンビニで時間を潰している少年の交流を描いた「ネオンテトラ」。婚家から出戻ってきた姉とスポーツ推薦の学校を辞めて帰ってきた弟の「魔王の帰還」。日本推理作家協会賞短編部門の候補になった「ピクニック」。人を殺して刑務所に入った男と、殺された被害者の妹が文通する「花うた」。離婚以来十五年ぶりに会った娘が男になっていた「愛を適量」。そしてなんとなく疎遠になっていた高校時代の先輩と後輩が、葬式を通して再会する「式日」。

 一押しの短編はどれかと聞かれたら人によってバラバラに票が入るだろうと思えるほど趣向もテーマも風合いも別々の話なのに妙な統一感がある。それは、皮肉な出来事も、残酷な真実も、ままならない現実も、そして困難に打ち勝とうとする意志も、ささやかな愛情も、すべてこの世界に確固として存在しているものであり、私たちはそんな世界の中で今日も生きていくのだというしなやかな強さを感じるからだ。だから、比較的特殊な状況にある登場人物が描かれているにもかかわらず、どこかに自分と似ている部分を見つけてしまい、掴まれてしまう。特に「愛を適量」は出色。

 ただ、どうしても登場人物やテーマに目が行きがちなのだけれど、六編とも構成力が頭抜けていることは指摘しておかねばならない。短い話の中に突然のツイストがあったり思わぬ逆転があったりする。その都度、読者は翻弄される。心に染みる光やぬくもりは、確かな技術に支えられているのだ。

 前川ほまれ『セゾン・サンカンシオン』(ポプラ社)は依存症がテーマの連作。タイトルはさまざまな依存症の女性たちが共同生活をしながら回復を目指す施設の名前だが、その設定を見た時、支え合って依存症を克服する優しい物語なんだろうなあと予想した。とんでもなかった。とてもそんなキレイゴトの話ではなかったのだ。なぜなら前半の視点人物は家族だから。楽しい話になるはずがない。

 アルコール依存症の母親に迷惑をかけられる娘、ギャンブル依存症の姉が犯した犯罪のせいで鬱を発症した弟、盗癖を持つ娘の判決公判を前にした父、姉が覚醒剤で逮捕され、その娘が場面緘黙症になったのをケアする妹。彼らは、セゾン・サンカンシオンの指導員であり自らも依存症だった過去を持つ塩塚から、依存症の何たるかを聞き、複雑な感情を抱きながらも少しずつ考えを変えようとする。そして終盤は、依存症患者の視点の物語だ。

 依存症は意志が弱いのでも怠惰なのでもなく病気であり、本人が一番苦しんでいる。だが振り回され、時として崩壊を余儀なくされた家族にとって、負の感情を持つなというのは無理だろう。その両方がしっかり描かれている。だからとても辛いのだけれど、サンカンシオンという名前に込められた、進んだり戻ったりしながらそれでも着実に前に進むという意味に励まされる。

 ひとつのシリーズを複数作家で書き継ぐという面白い趣向が『ネメシス』(講談社タイガ)である。一巻は今村昌弘、二巻と五巻が藤石波矢、三巻が周木律、四巻が降田天、そして第六巻は青崎有吾と松澤くれは。これは日本テレビ系列で放送中のドラマ「ネメシス」に各作家が脚本協力し、それをあらためて小説にしたものだ。原作でもなくノベライズでもない、まったく新しいドラマと小説の関係と言っていい。

 横浜に居を構える探偵事務所が舞台の、人はいいがポンコツの探偵と変わり者だが天才の助手のバディもの。実は謎を解いているのは助手の方という設定だ。コメディ仕立てにしてガチの本格ミステリが堪能できる。注目は、必ずしもドラマと同じ展開にはならない、というところ。特に今村昌弘による第一巻は展開やトリックはおろか犯人すら違うものまである。小説ならではの強みを出したものもあるし、ドラマと比べながら読むと実に楽しい。

 注目すべきは、もともと作風の違う作家が集まっているにもかかわらず、同じキャラクターを使ったシリーズとしての違和感がまったくないことだ。それでいてちゃんと個性も出している。さらに全体を通した謎も扱われるわけで、これはなかなか難しいことではないだろうか。ドラマにはならないスピンオフ作品が含まれているのもお得感がある。

 実に十四年ぶりのシリーズ新刊が、首藤瓜於『ブックキーパー 脳男』(講談社)だ。卓越した頭脳と身体能力を誇り、感情を一切持たない脳男こと鈴木一郎。江戸川乱歩賞を受賞した『脳男』、続編の『指し手の顔 脳男II』に続く、シリーズ第三弾である。これがまたパワーアップしている!

 警視庁捜査一課の分室で異常犯罪データベースを作っている桜端道が、三件の殺人事件に注目した場面で物語は幕を開ける。北海道、千葉、長崎というバラバラの場所で起きたその事件には被害者が拷問されていたという共通点があった。しかも調べてみると三人の被害者はいずれも経歴を偽装している疑いが浮上。彼らは愛宕市(中部地方の架空の都市)で暮らしていたことがわかった。愛宕市といえばシリーズ読者にはおなじみの、「脳男」シリーズの舞台である。

 愛宕市では旧家で凄惨な殺人事件が起きており、それも件の連続殺人の一環と思われたが……というものだが物語はそれ以外にも複数の事件が重層的に描かれ、もちろん鈴木一郎も登場する。それらがどう結びつくのかが肝だ。前作、前々作からつながる伏線もあるので、この機に既刊を再読するのもいい。ちなみに本書の舞台は前作の一年後だが、デジタルの孕む問題や監視社会、格差や分断など現代への警鐘が多く含まれている点も注目だ。

 また、著者の別シリーズである『刑事の墓場』『刑事のはらわた』の登場人物たちも本書に顔を出すので、ファンはお楽しみに。

 潮谷験『スイッチ 悪意の実験』(講談社)は第六十三回メフィスト賞受賞作。売れっ子の心理コンサルタント・安楽から大学生たち六人が奇妙なバイトを持ちかけられる。その内容は「純粋な悪」が存在するか否かを確かめる実験への協力。彼らのスマホにスイッチのアプリをインストールし、これが押されれば安楽が資金援助しているパン屋から援助を引き上げるというのだ。スイッチは誰が押したか安楽以外にはわからない。だが押しても押さなくても期間中は毎日一万円、実験終了後には百万円が支払われる。縁もゆかりもない幸せな一家をわざわざ破滅させようとする者などいるわけがない、とみんな思ったのだが……。

 まあ、誰かが押すんだろうな、と思いながらページをめくった。しかしまさかこういう方向から来るとは! 具体的に書けないのが残念だが、序盤で展開されるのはとてもロジカルな「犯人探し」だ。だがそこから物語は思わぬ方向へ流れる。悪とは何か、選択とは何か。自分で何かを選択するという行為が何を意味しているのか。人が拠り所とするものは何なのか。読みながらどんどん自分の中に潜っていくような気持ちがした。この「実験」の対象は読者かもしれない──と深く思考させたところで終盤はまた一気に本格ミステリに戻る。意外性もたっぷりで、なかなかテクニカルなのだ。

 まだデビュー作なので、ところどころ観念が先走って描写が追いついていない部分は見受けられるが、熱意がそれをカバーしている。実に先が楽しみな作家の登場である。

 と、実はここで困っている。実は今回、カタカナのタイトルという縛りを勝手に設けて小説を紹介してきたのだが、この縛りだと歴史小説が選べないことに気づいたのだ。まさに自縄自縛。

 ということで最後はその縄を華麗に解き、夢枕獏『白鯨 MOBY─DICK』(KADOKAWA)を。

 土佐の漁師、万次郎は漁の最中に足摺岬の沖合で遭難してしまう。一緒の船に乗っていた他の漁師らと小さな島に流れ着いたが船は大破。しかも、漂流物を拾おうと海に入った万次郎はそのままひとり流されてしまった。そんな万次郎を助けたのは、アメリカの捕鯨船だった──。

 ご存知、後のジョン万次郎である。ここまではだいたい史実と言っていいが問題はここから。万次郎を助けたのは、自分の片足を食いちぎった白鯨モービィ・ディックに復讐の炎を燃やすエイハブ船長が率いる、ピークオッド号だったのだ。

 いやあ、これには驚いた。ハーマン・メルヴィルによる有名なアメリカ文学『白鯨』に描かれた捕鯨船にジョン万次郎が拾われたという話なのである。よくぞこんなことを考えついたな! しかし考えてみればメルヴィルが捕鯨船に乗ってアメリカを出港したのが一八四一年一月三日、遭難した万次郎の漁船が土佐を出たのが同年同月の二十七日。当時のアメリカの捕鯨船は日本近海まで来ていたので、日程的にも地理的にも、ここに矛盾はないのだ。

 まさかこんな形で日本の歴史上の人物とアメリカ文学が融合するとは。この設定だけでわくわくする。もちろん夢枕獏だもの、中身はこってりたっぷりエンターテインメント! オリジナルの『白鯨』と絶妙にリンクさせながら、著者特有の語り口でぐいぐい読者を引きつける。さて、これをどうジョン万次郎の史実と辻褄を合わせていくのかと思ったが、これもまた見事な手管だ。

 小説の可能性、エンターテインメントのしなやかさというものを見せてもらった思いである。

角川春樹事務所 ランティエ
2021年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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