緻密にして劇的 書評家が絶賛するミステリ3作

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[本の森 ホラー・ミステリ]『黒牢城』米澤穂信/『invert 城塚翡翠倒叙集』相沢沙呼/『神の悪手』芦沢央

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 紙を何枚か用意しよう。薄手の紙がよい。一枚目には、全体を使って戦の絵を描く。二枚目は、四つに区切って四つの絵を描こう。三枚目には、一人の男の絵を描こう。さらに、四枚目、五枚目……。それらを重ねて太陽にかざせば、それぞれの絵が一体となり、地面に一つの影を落とす。その影はまことに美麗。米澤穂信『黒牢城』(KADOKAWA)は、その影のような小説である。織田信長が大坂本願寺を攻めきれずにいた天正六年から七年にかけての物語だ。

 一枚目の紙に描いた戦とは、大坂は伊丹の巨城、有岡城の戦いだ。信長への謀反を決意した荒木村重は、周到な用意をした上で有岡城に籠もった。ここを拠点として戦おうというのだが、彼の秘策は、様々な要因で変化を余儀なくされていく。村重はどう策を修正していくのか。二枚目の四つの絵とは、密室殺人事件などの、有岡城が舞台のミステリである。三枚目に描かれるのは、小寺(黒田)官兵衛だ。本書の冒頭で村重を訪ね、結果として有岡城の地下に囚われることとなった官兵衛は、村重の知恵袋役を余儀なくされる。現場に赴くことなしに事件の謎を解く安楽椅子探偵のように利用されるのだ。これら三枚の絵に込められた想いや企みは、四枚目以降に登場する予想外の重要人物の心とも絡み合い響き合い、各人の予想を超えて一つの大きな物語としてうねる。緻密にして劇的。米澤穂信が初めて挑んだ時代ミステリは、圧巻の出来映えだった。

 相沢沙呼『invert 城塚翡翠倒叙集』(講談社)は、一昨年に発表されて圧倒的高評価を得た『medium 霊媒探偵城塚翡翠』の続篇となる中篇集だ。前作は「すべてが、伏線」であり詳述は避けるが、城塚翡翠が霊能力で見抜いた真相に、現実社会で通用するロジックを後付けする、という斬新な形式のミステリであった。新作に収録された三篇は、いずれも、犯人の視点から犯行を描き、その後、翡翠が真相究明に乗り出すという“倒叙ミステリ”形式なのだが、これと霊媒探偵の相性が抜群に良い。読者は、“犯人を見抜く霊媒の特殊能力”と序盤から歩調を合わせて読み進められるのだ。それ故に、各篇で最終的に明かされる現実社会で通用する犯人特定のロジックに深く驚愕できる。キャラクターとしての翡翠の造形にも磨きが掛かっており、幸せに愉しめる素敵な続篇である。

 芦沢央『神の悪手』(新潮社)は、東日本大震災を背景に、若い才能について棋士が“好ましからざる状況”を見抜き、さらにある選択を迫られる第一話や、駒を選ぶ際に棋士が心変わりした謎を探る第五話など、将棋が題材の五篇を収録した短篇集。ミステリ味の濃淡はあれど、各篇の主人公が読み手の心にするりと入り込んでくるため、読者はまさに当事者として悩むことになる。その刺激は抜群に鋭利。決断に至る道筋の意外性もあり、良質な一冊だ。

新潮社 小説新潮
2021年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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