『昼顔』
- 著者
- ケッセル,J.(ジョゼフ) [著]/堀口 大學 [訳]
- 出版社
- 新潮社
- ジャンル
- 文学/外国文学小説
- ISBN
- 9784102064016
- 発売日
- 1969/01/01
- 価格
- 440円(税込)
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発表当初は非難の嵐だった原作をシュールな感覚で見事に映像化
[レビュアー] 吉川美代子(アナウンサー・京都産業大学客員教授)
「昼顔」と聞いて、数年前のテレビドラマを思い浮かべたアナタ、ルイス・ブニュエル監督、カトリーヌ・ドヌーヴ主演の映画『昼顔』を観てませんね。1967年公開のこの映画は、ヴェネツィア映画祭金獅子賞を受賞し、その衝撃的なストーリーとドヌーヴの官能的な美しさが大きな話題となった。彼女が肌を露わにしたポスターを見て、禁断の果実に触れたような気持ちになった青少年も多かったはず(笑)。
原作が29年に発表されるとフランス世論は非難の嵐。上流階級の若く美しい貞淑な人妻が医師である夫との性生活に物足りなさを感じ、昼間だけ昼顔という名の娼婦になる。それだけでも衝撃的なのに、粗野で下品な男たちから乱暴に扱われることに喜びを感じる彼女のマゾ的嗜好も描いていたからだ。日本では、詩人でもある堀口大學が32(昭和7)年に翻訳したが、案の定発禁に。20年後に堀口の新訳文庫本が再出版された。これを高校生時代に読んだ。時代がかった表現が多いものの決して下品な作品ではなかった。再読して昔より主人公の心情が理解できたのは、きっと人生経験の賜物。
原作は20年代のパリが舞台だが、映画は製作された60年代後半になっている。ドヌーヴは当時23歳、その美貌は必見。印象的なのは、娼館のベッドの中で、日本人らしき客が帰った後にぐったりとうつ伏せになっている昼顔に他の娼婦が声をかけるシーン。「気味の悪い客だったわね。大変だったでしょ」。上半身を起こした昼顔の表情がすべてを物語る。彼との行為にどれほど彼女が満足したか。余韻に浸っている彼女の様子に、観客はエロティックな想像を膨らませてしまう。
注目すべきは、イヴ・サンローランがデザインしたドヌーヴの衣裳。内に秘めた肉欲への渇望を微塵も感じさせない、禁欲的で上品な服は、彼女の美しさと業の深さを際立たせる。
この映画に音楽はない。主人公の内なる願望を映像で表すときに聞こえてくるのは馬車の鈴の音。どんな音楽より印象に残る。問題作と言われた文学をシュールな感覚で映像化して生まれた名作映画だ。