毛利と尼子の雄渾な合戦絵巻！　今年一番の時代小説デビュー作

　手放しで褒めたくなる新人の作品などそうそうないが、本書『駆ける』は例外中の例外といっていいだろう。

　本作は第13回角川春樹小説賞受賞作で、選考委員の一人である角川春樹は「北方謙三の小説を連想させる」と記しているが、断じて違う――彼は第一作にして既に第二の北方謙三ではなく、第一の稲田幸久である。作品はどこまでも雄々しく、それでいて瑞々しさを示し、どこまでも読む者を魅了する。

　扱われているのは、毛利軍と尼子軍との間に行なわれた布部山の戦いであり、前者の軸となるのは、家族を皆殺しにされ、吉川元春に拾われた少年・小六。彼はその馬術の腕を見出され、副題にある、少年騎馬遊撃隊の一員となる。そして後者の軸となるのは、毛利憎しの一念で尼子再興を願う猛将・山中鹿之助幸盛。かつて戦前の修身の教科書で、三日月に向って、“願わくば我に七難八苦を与えたまえ！”と吠えた武将も、若き作者の手によって、見事、令和の御世によみがえった。

　幸盛が「（本当に毛利に勝ってしまう）」と戦場で武者ぶるいをすれば、小六は小六で、愛馬・風花にまたがって、常識では考えられぬ方法で尼子軍の中へ突っ込んでゆく。その折の小六の不安を、このままでは自分の居場所がなくなってしまうという、彼の青春の不安と二重写しにする作者の腕の見せどころや良し。

　この作品の巧みなところは、小六と幸盛、双方均等に描きつつ、それでいて散漫な印象を与えていない点ではないのか。

　雄渾な合戦絵巻は、やがて雄々しき男たちの魂の讃歌へと昇華し、作品は天馬空を往くが如き勢いで私たちの心を激しく打つ。

　今年発表された新人の作品の中で、少なくとも私は本作にいちばん感銘をうけたし、この一巻が一人でも多くの読者に読まれることを願ってやまない。

• 縄田一男
• 角川春樹事務所
• 稲田幸久
• 駆ける 少年騎馬遊撃隊

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