『北斗の邦へ翔べ』
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『燃えよ剣』以来の躍動感で描く箱館戦争群像劇
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
本書を読み終えて、どう書評を書こうかと思いをめぐらせていると、この作品に登場した様々な人物の表情が浮かんでは消え、心は題名にある“北斗の邦”(北海道)へと翔ぶ。
それは「いつまで経っても、なりたい自分に近づくことができない」と嘯く土方歳三であったり、家名を復権させるべく、新政府の遊軍隊と合流、後に武家の不条理さを嫌という程味わう松前家中の少年・春山伸輔であったりする。
本書はこの二人の動向が交互に描かれていくが、それだけではない。こんな言い方をしたくはないのだが、端々の脇役まで見事に“キャラが立つ”壮大な群像劇なのである。
あの箱館戦争を「居場所のない者たちの集う陣取り合戦」と一言に凝縮してみせた作者のこと、多彩な人物を紙面に躍動させて面目躍如たるものがある。
実際この長篇は、箱館戦争を描いて、司馬遼太郎の『燃えよ剣』以来の威容を誇っており、私は現時点における谷津矢車の最高傑作であると確信する。
本書で面白いのは、全篇を貫く“高田屋嘉兵衞伝説”で、嘉兵衞を大明神と仰ぎあらゆる権力の介入を拒否する制(度)外の地“鼠町”が存在することだ。特にラストで展開するこの地の住人と土方隊の血煙あげる大決戦は、読んでいてページを繰る手に思わず力が入る。
伸輔は、自らが思慕を寄せるお雪(これとて『燃えよ剣』へのリスペクトではないのか)を“鼠町”の面々の手から助け出す事が出来るのだろうか。物語は経済をも含む文明批評が散見されつつも、最後まで波乱ぶくみだ。
そして一転、哀れをとどめるのは、伸輔とは別のバイアスが加わり箱館戦争の中で生死を分かつ幼馴染の三平だろう。切なく胸に沁みる。
一人でも多くの方に読んで頂きたい。箱館戦争叙事詩の完成を心から喜びたい。