ボルネオの熱帯木材を通して見た地球環境への意識

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環境経済学の第一歩

『環境経済学の第一歩』

著者
大沼 あゆみ [著]/柘植 隆宏 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/経済・財政・統計
ISBN
9784641150898
発売日
2021/12/24
価格
2,200円(税込)

書籍情報:openBD

ボルネオの熱帯木材を通して見た地球環境への意識

[レビュアー] 大沼あゆみ(慶應義塾大学経済学部教授)/柘植隆宏(上智大学地球環境学研究科教授)

 2021年12月に、環境経済学のテキスト『環境経済学の第一歩』を出版した。このテキストは、一つ一つの章で特定の環境問題をテーマにしながら、それを概説・考察するなかで基本的な原理原則や分析手法を盛り込むスタイルをとった。

 テキストを執筆する過程で、われわれ著者は、途上国で、地球温暖化、生物多様性、再生可能資源そして環境認証という、テキストでも取り上げたテーマを、実際の現場で研究するという得難い経験をした。

 2017年11月、当時、京都大学の北山兼弘教授の研究プロジェクトに参加していたわれわれは、研究テーマであった持続可能な森林伐採を実際に行っているRatah Timber社のある、インドネシアのボルネオ島の熱帯林を、北山教授に案内していただき訪ねた。この現地訪問は、このプロジェクトで、われわれにとってもっとも大きな魅力の一つであり、心待ちにしていたものだった。

 現地を訪れるためには、まず、ジャカルタないしバリ経由でボルネオ島のバリクパパンまで行く。さらに、ここから東カリマンタン州にあるセンダワールという町までも空路で移動できるはずだった。しかし、当時、この航路は政府により停止されており、陸路をレンタルしたタクシーで十数時間かけて移動することになった。森や幾多の集落を縫っていく道は、舗装道路であっても、補修していない穴があいていたり、前日までの大雨で川のように流れる水に覆われた道もあったりしたが、ドライバーは巧みに車体を操りながら、ときには車をバウンドさせながら、軽やかに目的地に向かって進んでいった(ちなみに帰路は、途中で車がエンコし、とうとう動かなくなるという不運に見舞われ途方にくれたが、停車したところが、なんと二輪車・四輪車の修理工場の目の前であるという幸運にも遭遇した)。

 夜、疲労困憊の中でセンダワールに到着し、町の食堂を覗いてみると、もっとも欲していたものがどこにもない現実を知った。ビールである。改めて、インドネシアがイスラム教の国であることを思い知るのであった。

 センダワールには、WWFのブランチがあり、若い人たちが自然保護に情熱を注いでいた。彼らの興味深い話を聞かせてもらった後、われわれは、マハカム川をボートでさかのぼって、Ratah Timber社の伐採キャンプに向かった。

 伐採キャンプは、河畔にある森に接し、社屋、加工場と宿泊施設があった。施設では、各ベッドルームに水溜用のドラム缶があり、そこに川で汲んだ水を入れて澄まし、シャワーとトイレの水として手しゃくで使用することになっていた(最初は「……」と感じたが、すぐに慣れた)。一方、飲料水はすべてペットボトル水であり、食事も三食提供され、(ビールがない以外は)まったくストレスを感じることがない滞在であった。数日後にキャンプを出発するときには若干寂しさがこみ上げてきたほどである。

 われわれは、北山教授とRatah Timber社のスタッフに案内していただき、Ratah Timber社が2011年から取り組んでいる「低インパクト伐採」の現場を見学した。低インパクト伐採とは、徹底的な管理のもと、環境負荷をできるだけ抑えて行う伐採のことである。Ratah Timber社では、一本一本の木の位置を記録した地図を参照しながら、商業的に価値の高い樹種のみを選んで伐採する「択伐」や、環境負荷を最小化するように工夫された木材搬出用道路の整備が行われていた。実際の取り組みの様子を見ることで、これらがいかに大きく環境負荷を軽減しているかが理解できた一方で、従来の伐採と比較して非常に多くのコストがかかることを実感することができた。

 低インパクト伐採は、従来の伐採と比較してより多くのコストがかかる分、従来の伐採によって生産された木材よりも高い価格で取引される必要がある。そのために重要な役割を果たすのが「認証」である。

 認証とは、製品の品質や特徴がある基準を満たしている場合に、それを示すラベルなどを貼付することで、その事実を消費者に伝える仕組みである。環境に配慮して作られた製品に貼付されるラベルは、一般に「環境ラベル」または「エコラベル」と呼ばれる。環境ラベルが貼付されることで、消費者は環境に配慮した製品を区別しやすくなり、そのような製品を購入することが容易になる。木材に関しては、持続的に管理されている森林を認証し、そこから生産された木材にラベルを付ける「森林認証」が行われている。森林認証の中で最も有名なものは、国際的な森林認証機関である森林管理協議会(FSC)が認定するFSC認証である。Ratah Timber社は、2013年にFSC認証を取得している。

 このように、森林認証の制度は設けられているものの、現状では、市場において、森林認証を受けた木材に対する価格プレミアム(追加的な支払い)が発生するまでには至っていない。このため、熱帯林において森林認証は広く普及しておらず、この制度が持続可能な森林管理の実現に大きく貢献しているとは言い難い状況である。

 このような状況を背景として、FSCは、新たに「生態系サービス認証」の制度を2018年に開始した。「生態系サービス」とは、生物多様性が人間社会に与える恩恵のことである。生態系サービス認証は、木材を生産する森林の生態系サービスのうち、生物多様性保護、炭素貯留、水源涵養、土壌保全、レクリエーション機能の5つのサービスを定量的に評価し、基準の状態と比較して悪化していないことが認められた場合に認証するものである。従来のFSC認証に加えて、生態系サービス認証を取得することで、さらに環境配慮をアピールすることが可能となり、非認証材との差別化が可能になると期待されている。Ratah Timber社は、2018年に、炭素貯留と生物多様性保護に関する生態系サービス認証を、パイロット試験のため暫定的にではあるが世界で初めて取得し、2020年には本審査を経て生物多様性保護に関する生態系サービス認証を取得している。

 われわれは、生態系サービス認証が消費者からどのように評価されるかを調べるため、2018年10月にインターネットを利用したアンケート調査を実施した。

 アンケートでは、回答者に木製の机を購入することを検討している状況を想定してもらい、認証と価格が異なる複数の木製の机の中からどれを購入したいと思うかを答えてもらうことで、回答者の認証に対する評価を調べた。その結果、回答者は、従来のFSC認証のみを取得した木材で作られた机と比較して、FSC認証に加えて、炭素貯留と生物多様性保護に関して生態系サービス認証を取得した木材で作られた机に対して、より高い金額を支払ってもいいと考えていることが明らかとなった。これは、生態系サービス認証が消費者から付加価値として認められ、価格プレミアムが発生する可能性があることを示す結果である。

 また、別の質問形式を用いて、どのような認証を取得した木材で作られた木製の机を購入したいと思うかを尋ねた。その結果、消費者は、(1)FSC認証に加えて、炭素貯留と生物多様性保護に関して生態系サービス認証を取得した木材、(2)FSC認証に加えて、生物多様性保護に関して生態系サービス認証を取得した木材、(3)FSC認証に加えて、炭素貯留に関して生態系サービス認証を取得した木材、(4)FSC認証のみを取得した木材、(5)認証を取得していない木材の順に高く評価することが明らかとなった。ここでも、生態系サービス認証が消費者から評価されることを示す結果が得られた。

 この調査によって、生態系サービス認証が消費者から付加価値として評価され、追加的な支払いが行われる可能性があることが明らかとなった。この調査結果は、2019年10月にイタリアのトレントで開催されたコンファレンスで報告された。

 16世紀のトレントの公会議で有名なトレントの町は、ドイツ国境に近いイタリアの北部にある。ヴェローナからローカル列車で到着したトレントでのコンファレンスでは、テーマであった気候変動に関する多くの発表と活発な質疑が行われた。

 このコンファレンスは、国際学会として多くの国から参加者を集めていたが、運営はイタリアのローカル色の濃いもので、ランチでもワインがふんだんに供され、参加者もごく自然にグラスを手にしていた。より口が滑らかになり、その後の質疑の活発さに貢献したことであろう。コンファレンス・ディナーも、郊外のワイナリーで行われ、大人数の標準的な国際学会とは趣を異にしていた。

 トレントには町外れに近代的な科学博物館があり、コンファレンスの翌日、見学に訪れた。トレントはアルプス山脈に接しており、博物館は、その特徴ある自然を表現していた。気候変動は、この博物館のテーマの一つでもあり、気候変動による環境変化も具体的に展示を行って可視化していた。この博物館を訪れた人々の中には、環境問題に高い関心を持つようになった人も多いことだろう。

 日本でも、その後の2年間で、気候変動や生物多様性について、より多くの人々が関心と危機感を共有するようになったことを実感する。こうした意識の変化は、われわれの行った研究で表せば、消費者がより高い支払意思を認証製品に示すことである。また、こうした高い価格でも購入したいと思う意識が現実に価格に反映されれば、最終的には、Ratah Timber社のように、地球環境に配慮した生産者の木材生産を経営面で持続的なものとしてくれるであろう。

 こうした意識の高まりを、より効果的に市場に反映させる仕組みづくりは、今後の環境経済学の課題の一つである。

有斐閣 書斎の窓
2022年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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