『ヒカリ文集』
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語るほどに輪郭が失われる「謎の女」 六人の叶わぬ思いが浮かび上がる
[レビュアー] 中江有里(女優・作家)
懐かしい仲間と集まった時、その場にいない者の話になることがある。本書の「賀集ヒカリ」はそういう存在だろう。いなくても、いつも心にい続ける。誰からも愛されたヒカリを多角的に、具体的に語るほど彼女の姿は輪郭を失っていく。一体、ヒカリとは何者だったのか。
劇作家兼演出家の破月悠高が横死し、その遺稿を「読んでみてほしい」と妻の久代から連絡を受けた学生劇団時代の仲間たちは、やがて自分らをモデルにした未完の戯曲の続きを書くことになる。
戯曲、小説、手記と、語り部と形式を変えて描かれる文集の中心はヒカリのこと。ヒカリという名が象徴するように、じっと見つめていられない太陽のまぶしさを思い起こす。
ヒカリに抱いた淡い好意が恋愛感情へ変わり、仲間内でのパワーバランスが崩れていく。彼女をめぐって分断された仲間たちは、同じ女性を愛して傷ついた者同士で皮肉にも結束し、時に恋愛関係にまで発展する。
ヒカリは誰とでも仲良くなれる。裏返せば八方美人。誰もがその魅力に抗えず、叶わぬ思いがねじれて、彼女と距離を置く。ヒカリは仲間の一人にこう言う。
「わたしはほんとうの恋はできないみたい。好かれたら応えたいと思うけど、求められるもの全部はあげられない。ずっとはつき合えない。」
ヒカリによって熱せられた感情は、ヒカリによって冷まされる。だが、彼女に向けた感情は確かに特別なものだ。それは独占欲にもなり、執着心が募っていく。
どこか芝居がかったヒカリをあがめ、幻滅する人々は、自分の心に振り回される。自分だけが知るヒカリをどれだけ語っても、その姿が浮かび上がらないのは、彼女を鏡にして自分自身を見ているからかもしれない。
あの恋愛は何だったのか。解けない謎は美しく、記憶に刻まれる。まるで太陽を浴びたあとのように、本を閉じても残像は不思議と明るい。