『エビはすごい カニもすごい』
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エビはすごい カニもすごい 体のしくみ、行動から食文化まで 矢野 勲著
[レビュアー] 鶴田静(文筆家)
◆「精密機械」の驚くべき生態
食欲を刺激すると言われる赤色。その色のエビとカニの美しいカラー写真の本書を読んでいた時、この二種の料亭料理の広告を見た。両種に嗜好(しこう)を持つ人には、この甲殻類のすごさを知る好機である。
まず驚かされたのは、エビ、カニと単に言ってもその種類(名前)の多さ。また日本最古の歴史書「古事記」にカニの記載があり、古代中国の歴史書「魏志倭人伝」の記述からはイセエビの利用が推測されることだった。興味津々となり、それらの生態を初めて知ることに夢中になった。
海中でのカニやエビの、想像もできない実態の謎が明かされ、驚かされる。特殊な身体構造の各部の働きを存分に発揮して、生きるため、そして生殖のための活動をするのだが、身体各部での緊密な動きや働きは精密機械のように思える。
彼らの行動の内容は全て斬新で「すごい」。だが目次の項目として丁寧に、明るい表現で楽しげに書かれており、さらに多数の写真と、著者の奥様による精確かつ愛らしい作図の数々により、読者の理解は助けられる。
そこで私は、彼ら特殊な生き物の構造体、生き方、生殖法、集団的行動、それに伴う攻防戦の知恵の駆使などを、物語を読むような感覚で読み通し、海中の生き物の、平和的生き様さえ羨(うらや)んだ。
翻って人間は、比較的単純な身体構造を持ち、知能や身体的能力を自讃(じさん)しながら、他の諸物に依存して生きることしか出来ないのだ。と、原子核兵器や戦争の勃発している地上の今の世界について、本書から思いを馳(は)せられた。
矢野博士は自身でエビ・カニを家族のように飼育し、主に英文の参考文献を駆使し、また海外での実地研究と研究家や、ご自身の生徒さんの協力を得て、この新書判の重厚な事典を上梓(じょうし)されたのである。
そして博士は、海の生き物の大切な干潟が、開発や温暖化などで消えていくことを憂慮されており、また実験で使用した生き物を、その後食さない不文律をお持ちである。本書のタイトルに、「矢野先生はえらい」を加えたい。
(中公新書・990円)
1943年生まれ。福井県立大名誉教授・海洋動物培養学、動物生理学。
◆もう1冊
平野義明著『ウミウシ学』(東海大学出版部)