『脱北航路』
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北朝鮮の非道と、日本政府の醜態が浮かび上がる… 月村了衛『脱北航路』の読みどころ
[レビュアー] 西上心太(文芸評論家)
おお、久しぶりに読む潜水艦アクションではないか! このジャンルでは大ヒットを記録したトム・クランシーのデビュー作『レッド・オクトーバーを追え』や、吉川英治文学新人賞受賞作の福井晴敏『終戦のローレライ』が真っ先に頭に浮かぶが、本書もその二作に引けを取らない。
北朝鮮で実施された大規模な軍事演習の最中、桂東月大佐が艦長を務める潜水艦11号は、突如軍の指揮から離脱し、日本へ亡命するための航路を取る。
粛清される危機を察知した政治指導員の辛吉夏上佐。〈あの家族〉の権力を維持するために、国民が飢え軍人が盗みを働く国家への絶望と、国家に尽くした弟の死に対する恨みを抱いた桂大佐。二人の目的が合致し、辛が療養所から連れ出した拉致被害者の日本人女性を亡命の切り札として搭乗させる計画が実行されたのだ。この設定が終盤に至って効いてくる。彼女の存在が北朝鮮の非道だけでなく、決断を下せず責任回避に走る日本政府の醜態を、直接描くことなく浮かび上がらせる。そこからは作者の静かで強い怒りを読み取ることもできる。
もちろんアクションシーンのすばらしさは言うまでもない。11号はディーゼル機関の老朽艦で、ときおり危険な海上に浮上する必要がある。そこをめがけ北朝鮮軍の特殊部隊、爆撃機、新鋭水上艦、特殊任務船が次々と襲いかかる。何度も危機を躱(かわ)すが、登載兵器は減少し、逆に艦のダメージは増えていく。クライマックスにはライバル艦長との潜水艦同士の死闘が用意されている。知力の限りを尽くし、相手を上回る次の一手を繰り出す海中のチェスマッチのディテールを、豊かに的確に描写する筆力は無類で胸が躍る。必読の冒険小説だ。