「戦時」経済に突入した新しい時代の教養書

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

正義なき世界を動かす シン地政学

『正義なき世界を動かす シン地政学』

著者
猫組長 [著]
出版社
ビジネス社
ジャンル
社会科学/経済・財政・統計
ISBN
9784828424286
発売日
2022/08/24
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「戦時」経済に突入した新しい時代の教養書

[レビュアー] 田中秀臣(上武大学教授)

 経済の深奥で駆動している「暴力」のシステムを、猫組長ほど身近な問題として解説する評論家はいまの日本にはいない。ここでいう「暴力」とは何か。企業の経済的独占力、貪欲なマネーの闇取引、政治家の権威主義、もっと象徴的には国家の保有する軍事力そのものだ。しかも常にこの「暴力」に対抗する個々人の生き方、もっといえば自己防衛のひとつである資産形成のコツにまで目配りする点が、猫組長のすごさだ。

 国家同士は頻繁に軍事的な衝突を繰り返すが、その衝突に各国の地理的な条件が関連している点に注目するのが「地政学」だ。特に安倍政権がどのようにしてロシア・中国・朝鮮半島、また米国との安全保障上の関係を構築し、戦略的に手を打ってきたのかが、わかりやすく図解されている。安倍政権の地政学的な戦略は、民主党政権でボロボロになった日米関係を強固なものにし、他方でプーチン政権の「暴力」が発動しないようにロシアと友好関係を形成する。そのうえで、外交的資源を中国と朝鮮半島に向けるという政策だ。常に「裏切りのリスク」が高い韓国を警戒しつつ、北朝鮮への防衛を強化する。もちろん中国には最大限の防衛・外交のリソースを向ける。

 だが、このシナリオはキーパーソンだった安倍元首相の暗殺、またウクライナ戦争によって大きく見直しが必要だ。中ロ抑制には日本とNATOの連携がカギになると猫組長は指摘する。しかしそれだけの展望が現在の政権にあるのか。「暴力」を抑制する上での最大のリスクは、まさに今の政権のあり方だ、と猫組長は厳しく一刀両断にする。

 本書は、日本はすでに「戦時」経済に突入した、という認識で貫かれている。この暴力の支配する世界で、自らがサバイブするためには、世界の動きを多角的に視る必要がある。その意味で、本書は世界全体を「暴力」というレンズを通じてみる、新しい時代の教養書だ。

新潮社 週刊新潮
2022年10月27日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク