熊と人間。皮肉たっぷりの寓話集と熊にまつわる物語たち

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  • こうしてイギリスから熊がいなくなりました
  • 雪の練習生
  • 肉弾

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熊と人間。皮肉たっぷりの寓話集と熊にまつわる物語たち

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 空想力を駆使した作品で知られるミック・ジャクソン(ちなみに同名の映画監督とは別人)。文庫化された『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』(田内志文訳)は、皮肉たっぷりの寓話集だ。電灯がなかった頃は夜の森を歩く悪魔だとみなされた熊たち。一時的に聖なるものとして崇拝されるが、すぐに恐怖と憎悪の対象となり、闘犬場ならぬ闘熊場で命を奪われ、サーカスで芸を仕込まれ、下水道作業をさせられ……。短篇ごとに時代が進み、その時々で熊が人間にどのように利用され、搾取され、虐待されてきたかが見えてくる。だからこそ最終話の解放の物語は痛快だ。

 実際、現在イギリスには野生の熊はいないという。追いやられた動物たち、あるいは社会の中で虐げられてきた人々の姿が重なり、人間の身勝手さに対する批判を突き付ける内容である。

 多和田葉子『雪の練習生』(新潮文庫)も、熊たちが主人公だ。サーカスの花形だったが膝を痛めて事務職に就き、自伝を書き始めたホッキョクグマの〈わたし〉、その娘で女性曲芸師と伝説的な芸を編み出したトスカ、トスカが育児放棄したために飼育員に育てられた孫のクヌート。世界中で人気を博したベルリン動物園のクヌートを題材にした親子三代の物語だ。熊が会議に出席したり自伝を書いたりするなどユーモラスな世界が広がるが、歴史的背景や実際にあった論争も盛り込まれ、はっとさせられる。そのなかでたんたんと綴られる熊たちの内面が愛らしく、美しく、そして哀しい。

 河崎秋子『肉弾』(角川文庫)に登場するのは羆。主人公は大学に行かず引き籠っているキミヤだ。彼は父親に強引に北海道へ連れ出され、裏摩周と呼ばれるカルデラ地帯を訪れる。狩猟を趣味とする父親の目的は、羆を仕留めること。ほどなく二人の前に巨大な影が立ちはだかり……。

 野犬の視点も混ざり、人間と羆、犬の死闘を迫力満点に活写するサバイバルものだ。獣臭が伝わってきそうな描写力で圧倒させ、キミヤの変化も読みどころ。“野性”とはなにかを考えさせられる。

新潮社 週刊新潮
2023年1月19日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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