韓国SF新世代の旗手が描く大災害時代「奇跡の村」の希望と破局

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地球の果ての温室で

『地球の果ての温室で』

著者
キム・チョヨプ [著]/カシワイ [イラスト]/カン・バンファ [訳]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784152102010
発売日
2023/01/24
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

韓国SF新世代の旗手が描く大災害時代「奇跡の村」の希望と破局

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 キム・チョヨプの『地球の果ての温室で』は、絶望的な状況に直面した人々が、静かに希望を蔓延(はびこ)らせていく物語。『わたしたちが光の速さで進めないなら』で注目を集めた韓国のSF作家の長編第一作だ。

 致死性の高いダストという毒物による大災害が終息して六十年。世界はようやく復興を遂げたが、ダスト時代に廃墟になった韓国のある街で、モスバナというツル植物が異常増殖していた。モスバナが青い光を放つという噂を聞いた植物生態学者のアヨンは、子供のころ大好きで憧れていたおばあさんの庭も青く光っていたことを思い出す。アヨンはモスバナの謎を探るため、エチオピアに住むナオミを訪ねる。ナオミと姉のアマラは、モスバナを使った民間治療で知られる存在だった。人間にとって有害な植物であるはずのモスバナが、なぜ薬草として用いられていたのか。ナオミとアマラがかつて暮らしていた〈フリムビレッジ〉とかかわりがあるらしいのだが……。

 あらゆるものがダストに蝕まれ、安全な場所やわずかな食料、資源をめぐって人々が殺し合った時代。木々の死に絶えた森の奥にひっそりとつくられた村がフリムビレッジだ。住人は女性が多い。過酷な生存競争に勝ち抜く力を持たない者が、ダストの侵入を防ぐドームもない土地で、どうして生き延びることができたのか。奇跡的な村の成り立ちと、温室に引きこもる植物学者レイチェル、機械整備士で村のリーダーでもあるジスの不思議な関係が描かれる。

 ナオミはフリムビレッジに安息の場を見出すが、村はやがて破局を迎えてしまう。完全な共同体などないのだ。人間自体が不完全だから。それでも〈途方もないことをやりつづけること、それがわたしたちを少しでもましなところへ運んでくれるの〉というジスの言葉は、暗闇に明かりを灯されたような心地がする。ジスの言う〈途方もないこと〉が世界を変えたとわかる結末も美しい。

新潮社 週刊新潮
2023年2月16日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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