『鬼の話を聞かせてください』
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曝け出したらもう戻れない それは生々しく心を騒がせる秘密
[レビュアー] 杉江松恋(書評家)
心の中の鬼を炙り出す。
木江恭『鬼の話を聞かせてください』は、題名だけだと実話怪談本みたいにも見える。実はこれ、非常に精緻な構造を持つミステリーの連作短篇集なのだ。小説推理新人賞奨励賞を得た短篇を含む作品集『深淵の怪物』に続く、木江の第二作である。まだ一般には知名度の低い新人だが、作者の名前はぜひ覚えておいてもらいたい。必ず大化けするはずだ。
あなたの体験した「鬼」の話を百字以内で聞かせてください。そう呼びかける企画がSNSに投稿される。応じた者のところに現れるのは、桧山と名乗る写真家だ。呼びかけを行ったフリーライターから聞き取りの代行を依頼されたのだという。
この桧山が取材対象者の話を聞く、というのが物語の軸だ。「影踏み鬼」「色鬼」など、鬼ごっこ遊びのバリエーションに題名は揃えられ、語られる話もそれに沿った内容になっている。たとえば「色鬼」の中心にあるのは、海堂波という少女の変死事件だ。そのころ街では壁などに四色のスプレーで奇妙な図形を描く愉快犯が跋扈していた。ある晩、歩道橋から突き落とされたものと思われる波の遺体が発見された。その体の上には愉快犯の署名とも言える、四色の殴り書きが遺されていたのである。
鬼はもともと隠、すなわち不可視の存在を指した。桧山に会った者たちは、話をすることで自身の中にある形のわからない不安を吐露していく。桧山はその正体不明の謎に論理的な解釈を与え、白日の下に晒してしまう。一度明らかになったらもう元には戻れないのである。暴き立てられた秘密は生々しく、それを見る人の心を騒がせるだろう。謎が解かれても平穏は訪れない。かえってそれは遠ざかってしまうのだ。
どこに話が向かっていくのかまったくわからず、胸にぽっかりと穴をくり抜かれたような気分にさせられる。そんな小説だ。その穴からは風が吹いてくる。冷たく、硬い風が。