世界文学に衝撃をもたらしたグロテスクさと詩性の同居

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不快な夕闇

『不快な夕闇』

著者
マリーケ・ルカス・ライネフェルト [著]/國森 由美子 [訳]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784152102119
発売日
2023/02/21
価格
2,970円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

世界文学に衝撃をもたらしたグロテスクさと詩性の同居

[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)

 二〇二〇年のブッカー国際賞を史上最年少で受賞した作品だ。これがデビュー小説にあたるが、これまでもジェンダーなどの様々な偏見やレッテル貼りと闘ってきた作家である。

『不快な夕闇』は文字通り不快な物語だ。最後にはひとすじの希望の光が射してきて、心がじんわり温かになるというタイプの小説ではない。

 主人公で語り手の少女ヤスは、物語の冒頭では十歳。オランダで酪農場を営む改革派教会の信徒一家の長女で、長兄、次兄、妹がいる。この一家の両親はプロテスタントの改革派のなかでも厳格な信念をもつが、信仰は公共の倫理や道徳と相反するとき、敬虔ではなく狂信の様相を帯びてくる。彼らは宗派の外部者からは、だいぶ変人に見えるかもしれない。

 ある日、ヤスの愛する長兄マティースがスケート大会のため、「むこう岸」へと出かけることになる。しかし兄は彼女を連れていってくれず、ヤスは腹いせに「どうか、わたしの(これから殺されそうな)ウサギではなく、兄のマティースを連れていってくださいませんでしょうか、アーメン」と神にお祈りする。すると、マティースは湖での事故で帰らぬ人になってしまう。

 遺された父母と、妹弟三人は悲しみのなかに突き落とされる。同じように一家の長男が水難事故で植物状態に陥ってしまうアキール・シャルマの『ファミリー・ライフ』などを想起させたが、ヤスの一家の悲嘆はかなりねじれた形で表れてくる。

 キリスト教ではひとは原罪につながれており、それに対して神のあたえし労苦がある。酪農場の仕事は過酷で、ヤスは赤いジャケットを脱がなくなり、チックを発症して隠し、慢性的なひどい便秘に陥る。父のいささか倒錯的な療法、きょうだい間の際どい接触……。

 日常のありきたりの風景にグロテスクさと詩性が同居している。今年の翻訳文学のなかでもひときわ精彩を放つだろう。

新潮社 週刊新潮
2023年3月30日花見月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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