「三谷幸喜さんの舞台を見ているよう」ゴキブリが巻き起こす群像劇に思わず感動 女性作家3人が作品の魅力を語る

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

いつかみんなGを殺す

『いつかみんなGを殺す』

著者
成田 名璃子 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758414425
発売日
2023/05/15
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『いつかみんなGを殺す』刊行記念鼎談 坂井希久子×新川帆立×成田名璃子

[レビュアー] 角川春樹事務所


成田名璃子さん

成田名璃子による『いつかみんなGを殺す』が刊行しました。

“G”とは、人類がDNAレベルで嫌うあの虫のことです。だからと言って読むのを躊躇ってはいけません。このGを影の主役とした小説には未知なる興奮と感動があります。

その理由を作者の成田名璃子が、坂井希久子さんと新川帆立さんと語り合いました。

このタイトルを目にして、何を思っただろうか。 Gって何だ? まさか、あのGなのか!? はい、そのGです!

人類がDNAレベルで嫌うあの虫が、この作品の影の主役だ。だからと言って読むのを躊躇ってはいけない。待っているのは、未知なる興奮と感動なのだから。

それを証言するのは、著者の成田名璃子と親交も厚い坂井希久子と新川帆立。

今ここに、女性作家たちによる禁断のG(ガールズじゃないよ)トークが始まる―。

◆Gが影の主役の小説誕生秘話!

――まさかGの小説を読む日が来るとは思っていませんでした。しかも、その作者が成田さんであることに衝撃が増幅されています。

成田名璃子(以下、成田) 私もまさか本当に書くことになるとは思っていませんでした。書き下ろしのために提案した企画の一つだったのですが、それ自体、今となっては魔が差したのかもと言うしかなく。だから、編集者さんからこれで行きましょうと言われたときは驚いたし、困ったことになったなと。

――作品にはならないだろうと思われていた?

成田 はい。ゴキブリの小説を出してくださるような度量の深くて広い版元さんはいないだろうと思っていましたから。ただ、希久ちゃんとも時々話しているのですが、ほっこりするような話ばかりを書いていると、「いい話、飽きた」と思ってしまう瞬間があるんですよね。毛色の違うものを書いてみたいという気持ちはありました。

坂井希久子(以下、坂井) そうなの! とはいえ、この手で来たかとは思ったけど(笑)。だからこそ気になるのが、担当編集さんがどうしてGで行こうと判断されたのかです。

編集 よくこんなこと考えつくなと驚かされましたが、ぶっ飛んでいただけに面白くなりそうだなと思っちゃったんですよねぇ。ただ、読者を気持ち悪がらせてはいけないと思ったので、そこだけはお願いしました。


坂井希久子さん

成田 実際、この描写はNG、そのアイデアは却下とすったもんだもありつつ、嫌悪感で読めなくなる寸前を模索するという、これまでにない課題に挑んだつもりです。

――では、改めて伺います。『いつかみんなGを殺す』を読まれていかがでしたか?

坂井 面白かったぁ。本当に面白かったです。題材が題材ですから、やっぱりドタバタのコメディになっているのかなと先入観を持ちつつ読み始めたら、違った。確かに、Gを巡って大波乱は起こるし、ナンセンスなことも盛りだくさんなんだけれども、気づけば、あれ、私、Gでジーンとしてしまっている?って(笑)。想像もしていない読後感だった。

新川帆立(以下、新川) そうなんです、まさか感動させられるとは。一ページ目からワクワクが抑えられないようなテンションで、私の中のキムタクが「ちょ、待てよ!」と言い出したけど、圧倒されるような勢いに引き込まれ一気読みでした。

成田 ありがとうございます。気持ち悪くなかった?

新川 ぜんぜん! Gだってそれほど出てくるわけではないですからね。それでも、いつ出てくるんだという怖いもの見たさを楽しむみたいなところもあって、よくできたサメ映画を観ているような感覚にもなりました。

――作品は格式高いホテルを舞台とし、何者かによって放たれた巨大Gを巡り、ホテル支配人やシェフ、歌舞伎役者、ピアニスト、そして凄腕のGハンターなどが入り乱れて騒動が起こります。

坂井 『クラス会へようこそ』もそうだけど、なりちゃんは手駒として群像劇を持っているよね。うまいなといつも思っているんだけど、Gを題材にしていても活かされている。しっかり成田名璃子の作品にしているので、さすがだなと。三谷幸喜さんの舞台を見ているようなテンポの良さを感じました。

新川 殺G鬼とかGエンドとか、言葉の使い方も爆笑でした。この先、アルファベットのGを見たら、絶対この作品を思い出すと思う。

成田 迷惑にならないといいけど(笑)。群像劇は書いていて楽しいんですよ。いろんな人が登場するから、それぞれの視点で書いていけるというのが、私にはとてもやりやすいの。

新川 その群像劇の面白さに加え、成田さんの小説への思いもここには表現されていると思いました。以前、人が一歩前に踏み出す瞬間を書きたいのかもしれないとおっしゃっていましたよね?

成田 うん。私にとっての書く理由の一つになっていると思う。

新川 Gを殺すというのは、心理的なハードルを越える動きでもあると思うんですね。「自分の中のG」という言葉があったけど、この作品の登場人物たちはみな問題を抱えていて、Gを通して向き合うことになる。Gとの対峙をいわば通過儀礼のようにして描かれているんだなと。

成田 ありがとう。そんな風に読んでもらえてすごく嬉しい。

新川 でも、この角度で描く人ってなかなかいませんけどね(笑)。

成田 意欲作と捉えてもらえれば(笑)。ただ、ツイッターで新刊の告知をしたら過去最高に作家さんの食いつきが良かったんです。

◆タブーに踏み込む小説の面白さ


新川帆立さん

――作家さんにとって、Gは題材としてアリなんでしょうか?

坂井 ちょっとしたタブーみたいなところに踏み込む楽しさというのはありますよね。それをどう料理して読者にお届けするか。大いに興味があります。本来、私もその手のものが好きなので、チャンスをいただけるのならGで書いてみたい。

新川 ゴキブリと話せる女の子が主人公で、地球の存亡を賭けて戦うというファンタジー長編を書いたことがあるんです。「このミス」に初めて応募した作品でもあったのですがダメで。自信作だっただけに、いつかもう一度作品にしてみたいと思っていたんです。

成田 この作品を書くことになったとき、二人にはそのことを伝えたんだよね。そうしたら、帆立ちゃんから「G文芸の誕生ですね」と。G文芸という言葉がすっと出てきたので思い入れがあるのかなと思っていたけど、納得です(笑)。

新川 形にできないままだったので、やられたなと。ちょっと悔しさもあって。Gという難題を華麗に軽々と表現されているし、全体を貫いているカッコよさもあります。

坂井 Gが妙に可愛く思える瞬間もあったりね。

新川 わかる、わかります! 敦子のあの場面はグッと来ましたもん。

――敦子については読んでのお楽しみということで。とはいえ、お二人ともかなりGに心揺さぶられているようですね。

坂井 あっちこっちに揺さぶられました。Gハンター姫黒さんの必殺技であるプリンセス・ドリルが炸裂するシーンは何度読んでもウッとなるし。

成田 あれ、実話なの。友達が高校時代にラーメン屋でバイトしてたときに見たと言って話してくれた、おばちゃんの技なんです。

新川 ということは、東京のどこかにプリンセス・ドリルの使い手がいるのかぁ。夢がありますね! 

◆作家はお互いの作品をどう読むのか

――みなさんが顔を揃えた機会でもあるので、それぞれの作品をどう読まれているのかも伺いたいと思います。ではまず、坂井さんの「居酒屋ぜんや」シリーズから。

成田 江戸の空気感や人々の息遣いが感じられるところがすごくいいなと思っています。子どもたちの遊んでいる様子とか、ちょっとした往来の描写は読んでいて楽しい。

坂井 良かったぁ。初めての時代小説で右も左もわからない状態だったけど、編集者からは江戸時代を見てきた人なんて誰も生きていないんだから、ファンタジーと思えばいいと言われて。シリーズとして書き続けてきて、最近になって本当にそうだなと思えるようになりました。

新川 この小説はイギリスで読むには危険です。おいしい和食が食べたくなってしまうから。どの食べ物もおいしそうで、おなかが減ります。

坂井 江戸時代の料理本を参考にしたり、旬の食材を並べて、お妙さんなら作りそうだなと思うものを自分でアレンジして書いているんだけど、食の描写にそれほど力を入れているわけではないんだよね。みなさんの想像力に助けられているんだと思います。

成田 それは希久ちゃんが料理上手だから。言葉を尽くさなくても、料理の楽しさが伝わってくる。

新川 作る人の目線になっているのがいいですよね。『先祖探偵』にも食のシーンがあるんですが、読者の方から、これは作る人ではなく、食べる人の描写だと指摘されました。

坂井 わかる。食いしん坊の描写だった(笑)。

――新川さんの『先祖探偵』の話も出ましたので、こちらについても伺います。

坂井 食べる人でいえば、それまでの作品には食の描写があまりなかったから意外でしたが、いいスパイスになっていると思う。主人公の風子さんは食べっぷりがいいよね。そこに彼女の生命力を感じて、人となりも伝わってくる。

新川 以前、大森望さんに、君の原稿は良くも悪くも筋肉質で、お話の筋に必要なことしか書いていないから、おいしい贅肉を書けるといいねと言っていただいて、そのことがずっと頭にありました。食の描写はキャラクターを作る要素にもなるんだなと感じています。

成田 帆立ちゃんの主人公はいつもカッコいいんだよね。人物描写のカッコよさでもあると思うんだけど、アガサ・クリスティのエッセンスを感じています。

新川 ありがとうございます。クリスティは小学生の頃から好きです。 

成田 やっぱり! 本質だけをズバッと書くのが帆立ちゃんもすごくうまい。簡潔な言葉で人間の機微などを伝える書き方と、戸籍というのが、これまた相性がすごくいいと思っています。

坂井 戸籍に目を付けたのは本当にさすがだなと。戸籍でミステリーが作れるなんて思わないもの。戸籍の題材としての面白さにも気づかされました。

――では最後に、今後の予定など教えてください。

新川 『先祖探偵2』がランティエで始まり、しばらくその連載が続きます。また、六月には新潮社から鎌倉を舞台にした離婚弁護士ものが出ます。思った以上に恋愛小説っぽいものになっているので、これまでとのテイストの違いも楽しんでいただければ。

坂井 双葉社さんの『華ざかりの三重奏』では、男女雇用機会均等法の第一世代が定年を迎えるなか、仕事一筋でやってきた女性たちのその後の生き方を描いています。「花暦 居酒屋ぜんや」シリーズもおかげさまで第四巻『蓮の露』が出まして、こちらは主人公のお花ちゃんが大変な目に遭っているので、ぜひ読んでみてください。

成田 『いつかみんなGを殺す』が、満をGしての刊行となっています。みなさんがどこまでついてきてくださるのかわかりませんが、手に取っていただけると嬉しいです。あ、“G”は持とも書きます(笑)。

 ***

【著者紹介】
成田名璃子(なりた・なりこ)
2011年に『月だけが、私のしていることを見おろしていた。』で第18回電撃小説大賞メディアワークス文庫賞を受賞し、デビュー。その他の著書に『ハレのヒ食堂の朝ごはん』『世はすべて美しい織物』『時かけラジオ 鎌倉なみおとFMの奇跡』などがある。

【鼎談相手】
坂井希久子(さかい・きくこ)
1977年和歌山県生まれ。著書に「居酒屋ぜんや」シリーズ、『花は散っても』『小説 品川心中』『セクシャル・ルールズ』など。

【鼎談相手】
新川帆立(しんかわ・ほたて)
1991年アメリカ合衆国テキサス州ダラス生まれ。著書に『元彼の遺言状』『先祖探偵』『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』など。

構成:石井美由貴 写真:大泉美佳・島袋智子  協力:角川春樹事務所

角川春樹事務所 ランティエ
2023年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク