映画化は「絶対ダメ」な作品など、書評家が選んだエンタメ小説6作品

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  • いつかみんなGを殺す
  • 最後の祈り
  • 君をおくる
  • ぼんぼん彩句
  • 魔女の原罪

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エンタメ書評

[レビュアー] 大矢博子(書評家)

書評家の大矢博子がエンタメ小説を紹介。重厚な小説から笑える小説までセレクトした6作品とは?

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 まずは薬丸岳『最後の祈り』(KADOKAWA)から。牧師の保阪は、千葉刑務所で教誨師として受刑者と対話する日々を送っている。救いや赦し、償いについて話し、受刑者の心に平穏をもたらすための仕事だ。しかしある日、彼の娘が暴漢に殺されてしまう。裁判でもまったく反省の色を見せず、死刑判決も望み通りだと笑う犯人・石原に、保阪は怒りを抑えられない。今の自分は救いを説ける人間ではないと、教誨師もやめてしまった。

 ところが保阪は娘の養母から思いがけない提案をされる。今のまま石原が死刑になっても、娘と同じ苦しみを味わうことはない。教誨師として石原に近づき、生きる希望を与え、もっと生きたいと思ったところで地獄に突き落とすことはできないか──。

 もちろん普通はありえない状況だ。ある事情で被害者と保阪が父娘であることは本人と養母しか知らないからこそ可能なのだが、被害者の親と反省してない加害者が面と向かって語り合うという設定に震えた。このふたりだけではなく、他の死刑囚や刑務官たちの人間模様も描かれ、贖罪と死刑というテーマが色々な角度から掘り下げられていく。

 対話を通して石原は変わっていく。それは保阪の目論見通りなのだが、驚いたのは、その一方で保阪も変わっていくのである。ここでは死刑の是非については一切書かれない。ただ、それに向き合う人間模様があるだけだ。その人間模様が読者に問いかけてくる。これを見て何を思うか、と。

 デビュー以来、犯罪被害者の遺族や加害者の家族をテーマに贖罪について書き続けている薬丸岳の新たな挑戦である。読み終わったときには地球の重力が増したかのような気持ちになること間違いない。

 では次は、その重力を振り払えること間違いなしの別のG小説を。成田名璃子『いつかみんなGを殺す』(角川春樹事務所)である。東京の格式あるホテルで、密かにお家騒動が起きていた。ホテルの会長である祖父の後継者候補として総支配人の地位にある鹿野森優花に対し、副支配人の穀句が反旗を翻したのだ。穀句は清潔を旨とするホテルにいてはならないGを放し、大事なイベントを潰そうと目論む。そして同じ頃、客室でもある事件が起きていた。歌舞伎役者が公演前のルーチンとして行う儀式に使う特別にビッグサイズのGがいなくなったのだ。

 Gを客の目に触れさせないよう、総支配人にシェフ、歌舞伎役者とGの飼育担当者、そして凄腕のGハンターが入り乱れる。さらに失恋したピアニストや、恋人の行動に不信を抱いた女性などが事態を一層ややこしくする。果たして客に気づかれることなくホテルはイベントを終わらせられるのか?

 って、待って。いや待って。Gってのはもちろん、あの昆虫のことなのだけど、いやもうくだらない(褒めてる)というかばかばかしい(褒めてる)というか、よくこんなしょーもない(褒めてるんですってば)こと考えついたなわはははは! この前に読んだ『最後の祈り』との温度差が激しすぎて風邪引くわ。

 いろんな出来事がドミノ倒しのようにつながって事態を動かしていく、ドタバタコメディのお手本だ。やや無理筋なところもあるが、というか設定からして無理筋なのだが、それを気にする暇もない怒涛の展開。それがここで効いてくるのかと、大笑いしながら読んだ。ひとりも無駄な人物が存在せず、全員がコメディに奉仕する。これ映画にしたら絶対楽しい……いや、ということはビッグサイズのGがスクリーンに……。前言撤回。映画化、ダメ絶対。

 笑った後は、泣ける感動の物語を。泉ゆたか『君をおくる』(光文社)はある動物病院を訪れた患畜とその飼い主の〈最後のとき〉を描いた連作である。

 納められているのは四作。ときどき道で見かける野良猫が病気なのに気づき、なりゆきで病院に連れて行ったためその子を飼うことになった求職中の女性。不登校の娘がペットショップで唯一興味を示したミニブタと、その後。この二話は、雑な言い方をすれば「とてもいい話」で、特に第一話のラストには涙が出た。が、話はそれで終わらない。

 第三話はちゃんと飼ってもらえなかった犬が里親に貰われる話だ。シビアな現実に、頬に一発くらった気がした。そして最終話は愛猫の病気に動物病院で安楽死を示唆され、感情的になった飼い主の葛藤が描かれる。

 動物を飼うということは、きれいごとではないのだ。大抵の場合は、飼い主よりも先に旅立ってしまう。それをどう見届けるのか。そしてその後に残るものは何なのか。どの物語も、別れはもちろん辛いのだけれど、この子に出会えて本当によかった、私と出会ってくれてありがとうという思いに溢れていて、心が洗われる。

 と、ここまで書いてきてナンだが、この三冊、振り幅が大きいにもホドがある。狂ったようにGを殺しまくる話の次が愛するペットとのお別れの話? 前の作品の気持ちを引きずったまま読んでいいものなのか。なんか紹介順を間違った気がする。

 ちょっと気分を変えて。宮部みゆき『ぼんぼん彩句』(KADOKAWA)は少し変わった趣向の短編集だ。句会で出た俳句をもとに著者が書いた短編が十二作納められている。

 たとえば「鋏利し庭の鶏頭刎ね尽くす」という句がある。なんとも不気味だ。ガーデニングのワンシーンのように見えなくもないが、鶏頭を「刎ね尽くす」というのだから。さぞやスプラッタな短編が生まれたのではないか──と思った。ところが婚家とうまくいかない妻の話だ。意外と普通? いやいや、これがじわじわ怖くなるからたまらない。

 また「窓際のゴーヤカーテン実は二つ」という長閑な光景からはファンタジーが、「異国より訪れし婿墓洗う」というほのぼの家族を連想するような一句からはSFが生まれている。俳句が持つ幅広さと、そこから広がる自由な空想に感嘆した。まず俳句を読んで、そこから自分ならどんな物語が浮かぶか考えてみていただきたい。そのあとで短編を読むと世界が一気に広がるぞ。

 宮部みゆきらしくホラーテイストが強いのも特徴。じんわり怖いものからジェントルゴーストストーリーまでと幅広いが、次はリアルな怖さがつきまとう一冊を。五十嵐律人『魔女の原罪』(文藝春秋)だ。

 舞台はとあるニュータウン。和泉宏哉の通う高校には、校則がない。髪を染めようが私物を持ち込もうが自由だ。ただし決まりがないわけではない。「法律」だけは守らなくてはならないのだ。

 そんな高校で窃盗事件が起きる。違法行為なのでその生徒は停学処分を受け、その後、クラス内で無視されるようになった。暴行を加えれば違法だが、無視は法律で禁じられているわけではない。けれどそれでいいのか? 宏哉はある一計を案じた──。

 と書いたはいいが、これだけでは物語の5%も説明できていない。この一件が物語の始まりではあるのだが、単なる学園ミステリではないことは読者には早々にわかるだろう。この学校のみならず、町自体がどうもおかしいのである。なぜこの町はこうなのか? 中盤で死体が発見され、十八年前の殺人事件が掘り起こされ、それらの展開とともに町の秘密が浮かび上がる。

 具体的に書けないのがなんとももどかしいのだけれど、殺人などの具体的な事件があるとはいえ、ミステリのジャンルとしては犯人探しではなく「何が起きているのか」を探るホワットダニットだ。読みながらずっと読者が感じるであろう違和感が、終盤でひとつに集約する様は圧巻。そこに浮かび上がる衝撃的な真相に唖然とした。著者らしい法律論がさらに物語に深みと説得力を与えている。

 最後に、砂村かいり『黒蝶貝のピアス』(東京創元社)を。芸能界に憧れるも挫折した環が、とあるデザイン会社の面接に臨む場面から物語は始まる。その会社の社長・菜里子は、環が芸能界を目指すきっかけとなった、かつての憧れのアイドルだった。アイドルをやめて絵の世界に入った菜里子と、アイドルに憧れた環は、少しずつお互いを知っていくが──。

 自分が求めるものと、自分に求められるものの食い違い。こうありたい自分と、現実の自分の齟齬。そんなジレンマがページから立ち上る。この社会では多かれ少なかれ誰もが感じている苛立ちや理不尽が描かれ、共感の嵐だ。

 だが共感だけで終わらないのがポイント。中盤、彼女たちの会社である事件が起きる。そこからのふたりの行動が読みどころだ。最近流行りの「生きづらさ」小説かと思いきや、彼女たちが自分で立って進もうとする様子には実に励まされた。この世はうまくいかないことに満ち溢れているけれど、それでも意外と捨てたもんじゃないのでは? と思わせてくれるのである。

 こうしてみると、なんとさまざまなジャンルの小説が出ていることだろう。甘いものとしょっぱいものは無限ループで食べられるように、小説もまた、重いものを読んだら明るいものを、泣けるものを読んだら笑えるものをと、どんどん次を探してみていただきたい。

協力:角川春樹事務所

角川春樹事務所 ランティエ
2023年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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