野菜に花を咲かせて農業の将来へ種を繋げる

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種をあやす

『種をあやす』

著者
岩﨑 政利 [著]
出版社
亜紀書房
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784750517636
発売日
2023/04/19
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

野菜に花を咲かせて農業の将来へ種を繋げる

[レビュアー] 大竹昭子(作家)

「種」という言葉は未来への予感と希望を孕んでいる。そんな「種」の力を農業の現場から伝える。

 野菜の花が咲き、実を結んだら、その種を翌年に蒔いて命を繋いでいく。かつてはふつうに行われていたが、種苗会社が改良品種を売るようになって廃れた。種は買うものとなり、栽培品目も限られ、広大なキャベツ畑が当り前の風景になった。

 著者の岩崎政利さんの農業はそれとは対照的で、雲仙の畑で育てている在来種は五十種類に及ぶ。長崎赤かぶ、黒田五寸人参、壱岐にんにく、オランダきぬさや、と名前を聞くだけでも興味をそそられる。

 彼とて最初から在来種を目指していたわけではない。嫌々家業を継いだ二十代には、むしろそれとは真逆の最先端の農業に夢中だった。ところが実力を発揮し始めた直後に、農薬が原因と疑われる体調不良に陥り、有機農法に変えた。

 ここまではよく耳にする話だが、おもしろいのはこの先である。彼は雑木林の土は耕しもしないのになぜふかふかなのかと考え、微生物の力を借りて畑を作ることを思いつく。多種の品目を共生させて土地に力をつけさせるのだ。そうやってできた野菜は安全性はもとより、食べておいしく、有機農法という言葉は途中から不要になった。

 野菜の花について語った箇所はとりわけ心を打つ。開花前に収穫される一般の野菜とちがい、在来種は花の季節になると、「それぞれ異なる美しさで咲きほこる姿を見せてくれる」。そのとき、野菜に対して「尊敬する気持ち」が生まれるという。種を繋げるために昆虫を惹きつけようと精いっぱい努めているありさまに感動するのだ。

「種をあやす」とは、さやの中に詰まっている種をふるい落とす行為が、赤ん坊をあやす仕種に似ていることから思いついた表現だ。野菜の一生につきあうことで得られた真っ直ぐな生命賛歌に胸が躍る。

新潮社 週刊新潮
2023年6月22日早苗月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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