『賢人と奴隷とバカ』
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<書評>『賢人と奴隷とバカ』酒井隆史 著
[レビュアー] 栗原康
◆混沌にこそ宿る創造力
ついにでた。待望の酒井隆史評論集だ。この十年あまりの時事評論がもりだくさん。キレッキレの分析力でこの世界をぶったぎる。
たとえば、数年前に流行(はや)った「反知性主義」。一見すると、レイシストなんかを叩(たた)いていて反権力なのだが、じつは違う。他人を反知性的と見下して、自分は賢人ぶってマウントをとる。
その根底にあるのは、あくまで支配だ。大衆はバカであり、なにをしでかすかわからない。放っておくと、社会は混沌(こんとん)に陥ってしまう。たえず万人が殺しあう。だから、みんなが安全に生きるために、優れた支配者に導いてもらおう。
こういっているに等しいのだ。生きのびたければ、主人に従え、奴隷ども。しかも安全に生きることが、経済を意味するのがポイントだと酒井はいう。
3・11直後をおもいだしてみよう。福島第一原発が爆発したとき、政府はただちに健康被害はないと繰り返した。ウソっぱち。だけどそれを批判して、いまは危険だから仕事なんて捨てて、東北・関東から避難しようと呼びかけると、きまって言われる「放射脳」。中立ぶった賢人たちからバカだとそしられるのだ。
なぜか。放射能で騒ぐと経済がまわらなくなるからだ。生きることはカネを稼ぐこと。他に選択肢はない。それが客観的な現実であり、「中立」なのだ。だから経済に抵触すると過剰な反応だとみなされる。むしろこう言われるのだ。会社のために死んでもはたらけ。奴隷かよ。人命よりも経済がだいじ。
こんな世界はもうたくさん。だいたい、本当に主人に支配されなければ生きていけないのか。ぼくらはコロナ禍にブラックライブズマターをみた。レイシストを叩きのめし、行政も経済もとめる。そしたら自律空間を立ちあげて、自分たちで食料も医療もなんとかしてしまう。大衆知性は現実なのだ。
酒井はいう。混沌の社会にしか創造力は宿らない。もう一つの世界は可能だ。経済を超える想像力を生きろ。俺はもっとバカになる修行を積まなければならぬ。
(亜紀書房・2970円)
1965年生まれ。大阪公立大教員。『ブルシット・ジョブの謎』など。
◆もう一冊
『サボる哲学』栗原康著(NHK出版新書)