『治験島』
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治験とミステリー
[レビュアー] 岡田秀文(作家)
満で五十九、数えで六十一。びっくりだけど、これが今の僕の歳。いつの間にかバカボンのパパや織田信長はもちろん、波平さんも武田信玄もみんな年下じゃよ。
おかしいな。ちょっと前まで森蘭丸くんが同級生だったのに。
たぶん僕だけじゃなくて、このくらいの歳の人に多いと思うけど、さいきん過去をよく振り返る。先を見たってもう夢も希望もないから、自然そうなっちゃうのかもね。でも、これじゃいけない、新しい挑戦もしなくちゃ、という気持ちもある。
これまで僕は、歴史を舞台にした小説を多く書いてきた。わずかな例外を除いて、自分が生まれて以降の年代を舞台にしたことはない。なので自分の体験を生で小説に描くこともなかった。
今回、上梓(じょうし)した『治験島』は、その名のとおり治験を題材にした小説だ。僕は十数年前まで製薬会社で治験をおこなう部署で働いていた。
『治験島』はミステリー小説なので、そこで描かれる治験は、現実とはかなり異なる点も多い。一方で僕の体験に照らして描いた部分も少なからずある。
書いてみてはじめて分かったけど、自分の体験をフィクションで描くのって気持ち悪い。小説にはどうしても嘘があって、その嘘の部分と事実との折り合いというか、距離の取り方がよく分からず悩んでしまった。
そんなわけで、『治験島』はこれまでの作品でいちばん完成までに苦労した。過去を振り返りつつも、新しい一歩を踏み出せたという満足感もある。
この作品が読者の皆さんにどう受け取ってもらえるのか、反応が楽しみだ。