『カラー版 甦る戦災樹木 大空襲・原爆の惨禍を伝える最後の証人』菅野博貢著(さくら舎)

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カラー版 甦る戦災樹木

『カラー版 甦る戦災樹木』

著者
菅野博貢 [著]
出版社
さくら舎
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784865813852
発売日
2023/05/11
価格
3,960円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『カラー版 甦る戦災樹木 大空襲・原爆の惨禍を伝える最後の証人』菅野博貢著(さくら舎)

[レビュアー] 金子拓(歴史学者・東京大教授)

無残な傷残し佇む木々

 戦争の惨状を刻むのは建築物など人工の構築物にかぎらない。樹木もそうである。日本の場合、多くは社寺の境内に残されている。焼夷(しょうい)弾などで損傷を受けても、霊木として大切にされているから、撤去が忌避されるのである。

 いっぽうで建物などと異なり、こうした被災樹木を保護するような制度が未整備で、被災樹木の歴史的価値についての認識も未熟であるため、価値観の変化にともない、枯死して倒れる危険性があり、人間生活を脅かしかねないものは、断りなく人知れず伐採されてしまうものも少なくないそうだ。著者たちは、戦災樹木を、空襲などで焼失した区域にあり、損傷を幹や枝に残し、それらが戦災によるものであるという文献や証言が存在するものと厳密に定義し、記録をもとに戦災樹木を地道に探索した。全国の戦災樹木について、とくに東京を中心にまとめ、また広島・長崎の被爆樹木(これらは保護管理されているとのこと)も含めて写真入りで懇切な解説を付したのが本書である。

 東京などでは、関東大震災や空襲のとき、「水を吹いて社殿を守った」という伝承をもつ戦災樹木があるという。イチョウが代表的である。樹木の片側に損傷がある場合、ここから延焼のありさまが推測できることもある。

 東日本大震災の津波に耐えた岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」のように、新宿区にあるイチョウの大木は焼け残り、これが目印となって被災した人々が戻ってきたという。また墨田区のイチョウや浜松のプラタナスは数年後に芽吹き、人々に生きる勇気を与えた。樹木には自己修復力が備わる。強烈な炎を受け、その無残な傷跡を見せながらも成長を続ける木々が数多く紹介されている。「戦災樹木は認識されていないだけで、日常の空間にひっそり佇(たたず)んでいる」。本書をきっかけとして戦災樹木に対する認知度が高まり、保護の動きが進んで戦争の記憶がむやみになくならないことを望むばかりである。

読売新聞
2023年7月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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