悪魔が雁首を並べたような怪奇小説集…怪談専門誌「幽」、幻想文学誌「幻想文学」の元編集長が絶賛した一冊

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禍

『禍』

著者
小田 雅久仁 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103197232
発売日
2023/07/12
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

これぞ、令和の怪奇小説傑作集だ!

[レビュアー] 東雅夫(アンソロジスト・文芸評論家)


中毒不可避の悪魔的な内容とは?(画像はイメージ)

『残月記』で第43回吉川英治文学新人賞と第43回日本SF大賞を受賞している小田雅久仁による、恐怖と驚愕の到達点とは?

 孤高の“物語作家”が放つ、中毒不可避の悪魔的な小説集『禍(わざわい)』の読みどころを、怪談専門誌「幽」や幻想文学誌「幻想文学」の元編集長で、アンソロジストの東雅夫さんが紹介する。

東雅夫・評「これぞ、令和の怪奇小説傑作集だ!」

 コンセプトは〈身体にまつわる怪奇〉、短篇集の総題は『禍』、かつてない怪奇小説集を創りましょう! と著者の小田さんと話し合って決めました。

 ……おおむね、そんなようなオファーだったかと、記憶する。

 とても寡作な人なんだけれど、世に出た作品はどれも粒ぞろいの、凄いものを書く作家がいてね……現代日本における怪奇幻想文学の書き手として、小田雅久仁の名前を私がハッキリと意識したのは、そんなに古い話ではない。あの名作『よぎりの船』か、日本SF大賞ほかを受賞した『残月記』だったか。慌てて『増大派に告ぐ』『本にだって雄と雌があります』ほかの過去作を読み漁った。

 一読、当節の作家には珍しい、堂々と腰の据わった書きぶりといい、それでいて、奇想天外というか破天荒というべきか、この作家の脳内は一体どうなっているのか、と本気で探求心に駆られるような、天馬空をゆく発想の妙といい、たちまちにして「いま気になる現代作家」の筆頭格に躍り出ることとなったのである。

 そんな最中に飛び込んできた、この書評御依頼。しかも本書は「怪奇小説集」だというではないか! いいねえ、怪奇小説! いま流行りの「ホラー・ミステリー」みたいな鵺的な名称ではなく。かれこれ半世紀近い昔、『怪奇小説傑作集』(創元推理文庫)全五巻を、それこそ表紙が擦り切れるまで読み耽って、この分野に入門した私にとっては、思わず小躍りしたくなるくらい、嬉しい名称。しかも今どき「かつてない怪奇小説集」を創りたい、という著者と担当編集者の心意気たるや! 一も二もなく原稿執筆を、お引き受けした次第である。

(ちなみに『怪奇小説傑作集』のマイ・ベストは、第二巻収録のL・P・ハートリイ「ポドロ島」。ヴェネチアの沖合に浮かぶ小島に遊びに行った男女のグループが、猫の妖かしに脅かされる(らしい)話だ。世の中には、こんなにもワケの分からない小説があるのだ! と驚かされ一発で取り憑かれた作品である。これ即ち怪奇小説ならではの魅力……あ、こうしたワケの分からない魅力、本書『禍』の収録作品の奔放不羈さにも、一脈通ずるかも!?)

 さて、それでは、本書収録作七篇の魅力を、順に解説してみよう。

 巻頭に置かれた「食書」は、書物を読む、のではなく「食う」ことに憑かれた作家の物語。全篇のプロローグ的な意味合いもある話で、こんな一節まで出てくる。

 初めて出した怪奇小説集だったが、悪魔がずらりと雁首を並べたような、相当に出来のいい本だったと内心、自負している。

 メタノベルさながら、読者をいきなり眩暈へ誘おうとするかのような「悪魔がずらりと雁首を並べた」物語集の巻頭を飾るに相応しい話ではないか、これは!(ただし作中作のタイトルは『禍』ならぬ『ひきずり人間』である)

 続く「耳もぐり」は聴覚、「喪色記」は視覚をテーマとする物語。とはいえ、いったい作者以外の誰が、聴覚をめぐって、他人の耳の中に自在に出入りする男の話(シャミッソーの名作古典『影をなくした男』に比肩しうる大傑作ではなかろうか?)を、視覚をめぐって、万物の色を奪う魔物の大群と対峙する少年少女の話(海からゾロゾロ上陸する異形の怪獣たちの鮮やかな魅力よ!)を、本気で描こうなどと考えるだろうか?

 ある日突然、ふくよかな女性(婉曲表現)の魅力に目覚めた男の困惑が、とんでもない結末を迎える「柔らかなところへ帰る」は、本書きってのエロチック(?)巨編。

 嗅覚というか「鼻」を繰り返し培養する謎の組織の施設を、いかにも作者らしい、乾いた筆致で活写した「農場」(かなり痛そう……)。

「髪は神に通ずる」という奇妙な(でも実際にありそうな……)新興宗教の「代がわり」の秘密儀式を描いて、これまた、とんでもない想定外の結末に到る「髪禍」。

 作者の魅力のひとつでもあるブラックかつエッチなユーモアのセンスが、これでもかとばかり横溢して、この上なく美しいラストシーンを迎える「裸婦と裸夫」。

 以上七篇、どれを採っても、どこから読んでも、存分に愉しめる、怖ろしくハイレベルな、まさに「中毒不可避の悪魔的絶品集」! ぜひ、おためしあれ。

新潮社 波
2023年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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