<書評>『ゴースト・ワーク グローバルな新下層階級をシリコンバレーが生み出すのをどう食い止めるか』メアリー・L・グレイ、シッダールタ・スリ 著

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ゴースト・ワーク

『ゴースト・ワーク』

著者
メアリー・L・グレイ [著]/シッダールタ・スリ [著]/柴田裕之 [訳]/成田悠輔 [監修、解説]
出版社
晶文社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784794973481
発売日
2023/04/25
価格
2,420円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『ゴースト・ワーク グローバルな新下層階級をシリコンバレーが生み出すのをどう食い止めるか』メアリー・L・グレイ、シッダールタ・スリ 著

[レビュアー] 斎藤貴男(ジャーナリスト)

◆AIに支配される働き方

 新聞にAI(人工知能)の話題が載らない日はない。文科省のまとめた学校での活用指針は抑制的な内容だった。

 教育という営みの根幹が侵襲されかねないから。いずれ人間社会はAIに支配されていくのではないか。評者はそう考えては、怯(おび)えていた。

 甘かった。私たちの働き方は、すでに凄(すさ)まじく変質している。マイクロソフトリサーチに所属する二人の研究者による最新報告が本書だ。

 もっとも、AI時代には人間の仕事など不要だといった、ありがちな予測とは違う。AIの跋扈(ばっこ)は一方で、膨大な人間の労働を必要とする。ゴースト・ワークの呼称は、誰にも知られない故である。

 たとえば「Mターク」。アマゾン・ドットコムが二〇〇〇年代初め、コンピュータ・プログラムだけでは困難なデータ処理を、海外からも調達した臨時雇いとの、よく言えば「融合」で達成した。現代ビジネスのデファクトになっている。

 API(アプリケーションプログラミングインターフェース)が司(つかさど)る新しい労働市場においては、人間など数字とアルファベットを並べた識別子でしかありはしない。「(ゴースト・ワークは)中間層の暮らしの文化的初期設定として」、「安定をもたらす土台として、フルタイムの長期雇用を維持するという、一世紀にわたる努力を覆しつつある」と著者は言う。

 資本の独善こそが絶対の、新自由主義の真骨頂がここにある。デジタル万能への奔流と、なんと相性のよいことか。

 では、何をどうすれば? 本書には、ワーカーたちの「協同」など、いくつもの善処方が提示されている。巻末の「解説」で成田悠輔氏(「少子高齢化の唯一の解決策は高齢者の集団自決」と言い放ったイェール大助教授の肩書を持つIT起業家)は、これらを「一筋の希望の光」と読んだそうなのだが──。

 評者にはゴースト・ワークの非人間性を、より持続可能な“真理”へと“高めて”いく方便に思えてならなかった。もはや全否定もできないAI世界で、失われた一世紀を取り戻す闘いが始まっている。

(柴田裕之(やすし)訳、成田悠輔監修・解説、晶文社・2420円)

ともにマイクロソフトリサーチの上級主任研究員。

◆もう一冊

『エスタブリッシュメント』オーウェン・ジョーンズ著、依田卓巳訳(海と月社)

中日新聞 東京新聞
2023年8月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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