『ミュージック・ヒストリオグラフィー どうしてこうなった?音楽の歴史』松本直美著(ヤマハミュージックエンタテインメントHD)

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ミュージック・ヒストリオグラフィー ~どうしてこうなった?音楽の歴史~

『ミュージック・ヒストリオグラフィー ~どうしてこうなった?音楽の歴史~』

著者
松本 直美 [著]
出版社
ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス
ジャンル
芸術・生活/音楽・舞踊
ISBN
9784636101164
発売日
2023/05/30
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『ミュージック・ヒストリオグラフィー どうしてこうなった?音楽の歴史』松本直美著(ヤマハミュージックエンタテインメントHD)

[レビュアー] 金子拓(歴史学者・東京大教授)

名曲 今の視点で見直す

 小学校や中学校の音楽室に入ると、壁に有名な作曲家の肖像画とともに、バロックやロマン派といった時代区分を図示した年表が掲げられていた。年に一度「音楽鑑賞教室」があり、町のホールに連れられ、クラシック音楽を「鑑賞」させられた。これが「音楽」であった。

 本書は、歴史的音楽学を専門とする著者が、右に触れたような手段で教えられてきた音楽の歴史について、何が問題なのかを、たくさんの興味深いエピソードを紹介しながら洗い直し、新しい可能性を提起している。音楽の授業が苦手だった人も楽しんで読めるという誘い文句に導かれ、奥深い音楽史の世界に飛びこんだ。

 音楽室の肖像画に代表されるように、これまでの音楽史は、バッハやベートーヴェン、モーツァルトといった天才的作曲家本位で語られてきた。彼らが没すると彼らに代表される時代が終わる、そんなわけがないことを当たり前のように教えてくれる。音楽は、それが作られた時代背景や社会背景を知ることで、より理解が深まる。ある時代で「名曲」と定められた曲がある。それはどんな過程を経て、誰がそのように定めたのか。どのように普及したのか。

 また、これまでの音楽史は作曲行為に重点が置かれすぎていた。演奏する行為(楽器含め)や聴衆(音楽をどう聴くか含め)など、音楽を総合的な文化として捉え、理解しなければならない。現在では、ジェンダーや人種という視点からも捉え直しが進んでいるという。

 「『歴史』は単に昔の出来事の羅列」ではない。「語られるところの過去」を、今の視点で常に見直し続けることに、歴史を学ぶ意義や愉(たの)しみがあるという主張に共感する。音楽学・音楽史の問題点を知ることで、おのずと音楽史を学べただけでなく、あるべき歴史叙述の可能性も教わった。評者の勤務先の英語名には、書名に織りこまれた「ヒストリオグラフィー」の形容詞形が含まれる。本書の主張を肝に銘じたい。

読売新聞
2023年8月11日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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