「おいしいごはんが食べられますように」で芥川賞を受賞した高瀬隼子さんの受賞第一作「いい子のあくび」。文筆家ひらりささんと女性の”むかつき””について語り尽くす。

対談・鼎談

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いい子のあくび

『いい子のあくび』

著者
高瀬 隼子 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087718362
発売日
2023/07/05
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「おいしいごはんが食べられますように」で芥川賞を受賞した高瀬隼子さんの受賞第一作「いい子のあくび」。文筆家ひらりささんと女性の”むかつき””について語り尽くす。

近影
ひらりささん

男性を書く/女性を書く

高瀬 本が出るのはうれしいです。でも、ひらりささんも後書きに書かれていましたが、知り合いに読まれるのが嫌だという思いがこの本に関しては強くあって……。「いい子のあくび」と「末永い幸せ」では結婚式のことを、「お供え」では職場のお土産のことを、それぞれの主人公が相当悪く言っています(笑)。作中に出てくる結婚式場なんかは、見る人が見たら「もしかしてあそこがモデルなのかな」と考えてしまうと思うんです。
ひらりさ 書いちゃったものはしょうがない。大丈夫です!
高瀬 ひらりささんも覚悟を持って書かれたんですよね。「みっともなくても書くべきだと思うことがたくさんあった」という一文を覚えています。でも私、書いているあいだはその葛藤がすっぽり抜けてしまうんです。友達の顔なんて全然思い浮かばない。
ひらりさ それこそ作家の素質だって私は思いますよ。私は周りに自分のことを相談するのが趣味、悩むのが趣味の人生なので……(笑)。人から承認や反応を得たいという欲求が先にあって、血迷ってものを書いているという自己理解なんです。だから常に反応を見越して「書くべき」ことを探している。おこがましいですが、高瀬さんは常に、自分が書きたいものを書いていると感じています。
高瀬 どうなんでしょう。書く「べき」とは思っていないかもしれません。自分が書かなくても世の中には良い本がいっぱいありますし……。それでも、書きたい。書きたいと思って書いていますね。
ひらりさ やはりそうなんですね。ただ私も、「べき」から抜け出したいと思ううちに自分自身が書きたいことも出てきて。結果として『それでも女をやっていく』という変な本ができました(笑)。
高瀬 めっちゃいい本だと思います。ここは自分とは違うけれど、違うのに分かる、と勝手に思いながら読みました。共感とも違うんですよね。この本を読んだ人は皆、ひらりささんの人生を読みながら自分の人生を読み返すんじゃないかなと思います。
ひらりさ ありがとうございます。かなり排他的なタイトルにしてしまったのですが、男性記者さんが熱い感想とともにインタビュー依頼をくださったのは嬉しかったですね。今は、もっと男性が手に取りやすい本にしてもよかったかなと思っています。高瀬さんは、面白いと思う男性読者の方からの感想はありますか?
高瀬 ありました! SNSだと性別がはっきりとはわからないので、アイコンから勝手に想像した範囲での男性の感想ですが、「自分は男として生まれて育ってきたから分からない感覚だけど、勉強になった」というような言葉があって。
ひらりさ 勉強……。
高瀬 その人は本当に私の小説を読むまで、女性の苦しみや割に合わなさを想像せずに生きてこられたのかな、とも思ったのですが……。
ひらりさ どうしてもジェンダー的な枠組みとして、男性として生き続けるというのは、違和感を覚えず、小骨が引っかからずに済み続けてしまう可能性が高いということですよね。小骨に気が付けないままでいるのは不幸だとも思います。
高瀬 そうですよね。自分を変えなくても、太く大きい道を胸を張って進んでいけるというか……。男性でも小骨が引っかかる人は絶対に増えてきていると思うのですが、『それでも男をやっていく』を誰か書けるかな。
ひらりさ 杉田俊介さんの『男がつらい!』などはそれに近いことを書かれていると思って、勝手ながら応援しています。ホモソーシャルについての男性発の議論がやっと出てきたところだと思うのですが、ホモソーシャルが崩壊する小説って、見かけたことがない気がする。
高瀬 ホモソーシャルに苦しめられる女性主人公の話はあるけど、ホモソーシャルがクラッシュするような作品は確かに、ぱっと思い浮かばないですね。
ひらりさ 注意深く文芸誌をウォッチしたいと思います! 話が戻りますが、高瀬さんの小説はちゃんと男性の視点人物もいて、性別問わず読みやすいのではないかと思っていました。
高瀬 『おいしいごはん~』は、「男性を書くのが下手だよね」と友達に言われて、それなら男性主人公にしてやると思って二谷視点で書いたんです(笑)。今後も男性主人公は書きたいですね。あと、先ほど女性を書くと勝手にしんどさがついてくるという話をしましたが、男性を書くと勝手に加害性がついてくるのかなと、今話しながら思いました。『犬のかたち~』の郁也も、『いい子のあくび』の大地もそうですし。男性個人の資質というより、社会の中に置かれた男性に付与される加害性を勝手に書いてしまうのかなと。
ひらりさ 高瀬さんって、「誰がどう見ても有害」ではない、人によっては「男性らしくて素敵」と評価してしまうような加害性を言語化する天才だなって思います。
私、『いい子のあくび』の大地が浮気をしていたのはいいことだと思いました。何も悩んでいないように見えてそうではない、しっかり人間らしさがあるというか……。言葉にするのが難しいのですが、この二人がくっつかなくてよかった、結婚したら地獄に向かってしまっていただろうと思いました。ある意味、高瀬さんの小説は意地悪だけど優しいですよね。
高瀬 なんと、褒められました。
ひらりさ 直子は、途中まで大地のことを舐めていたと思うんです。つまらない男だというメタな認知があるというか、自分は大地という男性のことを把握し切っていると思っていた。彼女はその把握を基準に微調整を繰り返していたけれど、想像もしない事件が起こったことによって、二人の関係性が直子の想像の外に出ていく。その関係性の書き方が、私はすごく面白いなと思いました。
『おいしいごはん~』でも二谷は芦川さんのことを舐めているけれど、最後はその外側に着地しますよね。勝ったり負けたり、男女の関係性の折り合わなさが拮抗しながら終わる感じがとても好きだなと思います。分かっていると思っていた相手が、ちょっと未知の存在になって終わるというか。
高瀬 デビュー当初から言い続けているのですが、私、いつか王道の恋愛小説を書いてみたいんです! ひらりささんの本にも出てきましたが、私もかつては少女漫画を筆頭にロマンティックラブが大好きでした。十六歳で結婚するんだ、恋をすると女は強くなれるんだ、みたいなことを思っていた。今ではもう幻のようですが(笑)。当時の自分の思考回路が全然理解できないくらい、違う人間になったなと思います。中学生の時は分かりやすく走るのが速い野球部の男子が好きだったのですが、高校・大学ぐらいで「こんなんじゃだめだ」とはっとしました。
ひらりさ 何がきっかけで転換したんでしょうか。
高瀬 何だったんだろう。野球部的な集団に、女の顔ランキングを作っていそうなホモソの気配を察知したんでしょうか……。

〈いい子〉の外側へ

ひらりさ 前半の話に戻りますが、高瀬さんはいい子であろうとする登場人物たちをこの先も書いていきたいと思いますか。
高瀬 書こうと思って書くかは分かりませんが、そのタイプの主人公や脇役はこの先も出てくるだろうなと思います。働いていたり、プライベートで友達と会ったりしていても、露骨に「嫌な子」ってあまり見かけない。みんないい大人なので、基本的にいい子の顔をして社会と向き合っています。いい子というか、うまくこなしている人、うまくこなしてしまっている人を書くと思います。
作品ではなく個人の話になってしまうのですが、私、日常ではめちゃくちゃ嘘をついているんです。一ミリもいいとは思っていないのに、毎日「いいですよね」と言ったり。でも小説の創作に関わる場面では、みじんも思ってないことは言わないようにしたいと思っています。作者「いい子やめたい計画」実施中です! 多分、いい子をやめると悪い子ではなく、嫌な子になると思うのですが。
ひらりさ 嫌な子じゃないと面白くないですよね。
高瀬 私も嫌な子のほうが好きなんです。世界に対する暴言を吐くというか、ずばずばずけずけ物を言う人と話すほうが楽しい。社会の規範から外れたことをやったり言ったりする人に惹かれがちです。なので本当は、嫌な子になっても自分のことを好きだと言ってくれる人は残るはずなのに、そんなことはない、自分が嫌な子になったら全員が自分から離れていくと思い込んでしまっていて……。今は嫌な子部分は小説で書いていますね。ひらりささんはどうですか?
ひらりさ どうなんでしょう、難しいな……。おそらく現在の私は世間的ないい子に見えない人間ではあるんですが、逆に「ものを書く女は突飛なほうがいい」というような、何かしらのステレオタイプに合わせて反応している可能性があります。そんな自分を受け入れるところからなのかな。いい子から抜け出すべきとも思わずに好き勝手をやる、いい子であるかどうかももうどうでもいいや、くらいの感じがいいのかもしれませんね。
高瀬 先ほど話した、知り合いに『いい子のあくび』を読まれたくないという話も、実は対談用に用意した言葉ではないかと自分で疑い始めました。だって、結局は読まれたい欲があるから書いているわけです。
ひらりさ お互い、自意識がマトリョーシカみたいになってきましたね(笑)。
高瀬 本当は知り合いにも友達にも読んでほしいけどな、と。ここでも〈いい子〉をやってしまっていたんですね(笑)。

(2023・6・15 神保町にて)

「すばる」2023年9月号転載

文芸ステーション
2023年8月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

集英社

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