『人を動かすナラティブ なぜ、あの「語り」に惑わされるのか』大治朋子著(毎日新聞出版)

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人を動かすナラティブ

『人を動かすナラティブ』

著者
大治 朋子 [著]
出版社
毎日新聞出版
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784620327792
発売日
2023/06/26
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『人を動かすナラティブ なぜ、あの「語り」に惑わされるのか』大治朋子著(毎日新聞出版)

[レビュアー] 堀川惠子(ノンフィクション作家)

ひそかに思考操作 裏側

 知らぬ誰かがネット上から私たちの脳内に入り込み、行動までも支配する。もはや日常的に起きている事象と知って眠気も吹き飛んだ。

 人間の脳は簡素なデータやグラフ、事実の羅列を目にしても、それを「物語=ナラティブ」の形式で考えるクセがある。英雄や悪役、クライマックスにハッピーエンド。頭の中に自然と湧きあがるナラティブは、心理療法では心の傷を癒やす手段となる。問題はその使い方で、本書は国内外で起きた事件の背景にあるナラティブのメカニズムを四方八方から分析、政治や戦況を支配するネット上の「情報兵器」の存在までも可視化した。

 ロンドンのあるデータ分析企業は、過激思考対策を目的として設立された。そこにロシア系の資金や人材が大量に流入、偽情報で群衆操作をする拠点と化した。不正に入手したSNS上の個人情報や、人間の認知癖を心理学者らが分析し、独自のアルゴリズム(手順や方法)を使って特定のナラティブを発信。たとえば証明が不可能な「陰謀論」には脳が飛びつきやすい。被害性を演出するナラティブには共感が集まりやすく、排他的な過激思考を育む。密な関係を持つ少数を狙って「感染」させれば、あとは集団感染が広がるのを待つだけ。過去のアメリカ大統領選などで世界規模の世論工作が行われたことは記憶に新しいが、昨今の紛争でも国際的な支持を取り付けるための組織的な「ナラティブの戦い」が激しさを増す。その舞台裏に迫ろうと、取材は世界を駆け巡る。

 多様性の時代、私たちは逆に支配的な「大きな物語」を欲しがるようになったと著者。そこにつけこむ情報ウィルスに感染しやすいのは、被害者意識が強く自己陶酔型、孤独、家族に問題を抱えがちな人。感染を防ぐには生身の人間と交わり五感を磨く。読書で想像力を育む。マインドフルネスも有効だとか。たとえ悲劇であっても、自分の物語は自らの手で紡ぎたい。

読売新聞
2023年9月8日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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