『心理学を遊撃する』
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『心理学を遊撃する 再現性問題は恥だが役に立つ』山田祐樹著
[レビュアー] 東畑開人(臨床心理士)
科学の危機 課題と自省
心理学における再現性問題をご存じだろうか。新聞読者はすでに「難しそう……」と敬遠しているかもしれないが、もう少し待ってほしい。ようは心理学でなされてきた実験の少なくない数が、もう一度結果を再現しようとしてもできないという問題である。再現できない実験! 科学を自任してきた心理学の深刻な危機なのである。
心理学者である著者は原因を追究すべく、心理学者コミュニティーの楽屋裏を見せて回る。論文を書くための裏技や論文掲載が決まると酒盛りを始める研究室、お金を払えば論文を掲載してくれるハゲタカジャーナル。論文の数で就職先の有無が決まる切実さがあり、論文には書くことに依存してしまうゲーム性もある。論文をめぐる心理学者たちの人間臭さこそが再現性問題の土壌となっているということだ。
ただし、告発本ではない。著者の姿勢は建設的だ。人間臭さをデオドラントすべきと説くのではなく、人間臭い心理学者たちがそれでも科学的に信頼できる研究を行えるようなルール作りと知恵が随所で提案される。心理学者には野心だけではなく、良心もある。
語られているテーマは、専門的だし、マニアックとも言える。それでも読者を飽きさせないのは、あらゆるところに著者自身の人間臭いエピソードがちりばめられているからだ。そう、この本は心理学者の肉声で書かれている。自身の人間臭さを描くことが、再現性問題から漂う心理学者の体臭を浮き彫りにするのである。
そういう意味で、この本は「心理学者の社会学」と言えるし、もっと柔らかく言うならば「心理学村日記」だとも言える。いや、心理学だけではない。これはより広く科学者たちの話だ。巨大な予算を使い、科学的知見を積み重ねる現代の科学。そこに漂う体臭を描くと同時に、そういう体臭を自己省察して、自己点検する科学者の姿を描いた1冊だ。(ちとせプレス、2860円)