『頭じゃロシアはわからない』
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『頭じゃロシアはわからない』小林和男著
[レビュアー] 岡部伸(産経新聞論説委員)
■諺(ことわざ)に込めた侵攻批判
軍事侵攻を始めて1年半。ウクライナを屈服させられず長期化する「プーチンの戦争」を、ロシアの人々はいかに受け止めているのか。戦時下の言論統制で本音が聞こえてこない。ロシアに半世紀以上関わってきたジャーナリストが、102の諺(ことわざ)を手掛かりに解明を試みたのが本著だ。
《殴り合いに正義なし》
軍事侵攻5カ月の時点で「パッと頭に浮かぶ諺」を著者がメールでロシアの知人に広く尋ねたところ、こんな回答が寄せられた。
《殴り合いや喧嘩(けんか)で知恵は浮かばない》
《腕力あれば知恵は無用》
いずれも軍事行動への痛烈な批判が込められている。ロシアの人々は世論調査で約8割が「特別軍事作戦」を支持しているとされる。だが、争いの愚かさを庶民の言葉で表現する諺を選んでいるのは救われる。
《良いことを言っても行いは屑(くず)》
これも出色だ。政権幹部の発言は筋が通っているようだが、その行動は役立たないと、人々は冷静に受け止めている。厳しい報道管制が敷かれ、ネットでの国外発信さえままならない現状に対する人々の目は厳しい。強権体制に面従腹背しているのか。著者の「長い目で見れば非常に健全な庶民の反応」との評価は正鵠(せいこく)を得ている。
《手が手を洗う》
これは、悪者同士は互いに庇(かば)い合うという意味だ。マフィアは互いに助け合い、仲間を裏切らない。反乱を起こした民間軍事会社「ワグネル」創設者の墜落死は、裏切り者を粛清するマフィアを想起させた。
日本の人口とほぼ同じ人数が、国土では世界一大きな国に住む。人口密度を考えれば、ロシアは「偉大な田舎」だ。田舎では助け合うのが当たり前。ロシアがマフィア社会と言われるのは「とてつもなく大きな田舎」だからだと著者は説く。
国際法を犯し、戦争犯罪を続けるロシアの蛮行は指弾すべきだが、戦争が終われば関係を修復する日も訪れる。隣人との相互理解の努力は続けねばならない。本著は、その参考書となるだろう。(大修館書店・2420円)
評・岡部伸(論説委員)