『ロバのスーコと旅をする』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
ただただ歩いていたい。無目的の旅の醍醐味
[レビュアー] 稲泉連(ノンフィクションライター)
本書の著者・高田晃太郎さんは、ロバの魅力に取りつかれてしまった人だ。2016年、会社を辞めて海外を放浪していた彼は、モロッコで一頭のロバを買い、荷物を載せて1500キロを歩いた。そのときの体験が忘れられず、帰国後に勤めた会社を半年で退職。世界がコロナ禍にあった22年にイランへ行き、再びロバとの旅を始めた。
イランからトルコ、そして、モロッコへ―。各地でロバを買い求め、ロバの速度で見知らぬ土地を進む(「スーコ」とはそのうちの一頭の名前だ)。ロバは頑固かつ繊細な生き物で、ときに躓いて寝ころんだまま起き上がらなかったりする、何ともチャーミングな一面も持っている。そんな生き物と同行しているからこそ見える風景を、淡々と描いていく飄々とした佇まいに心惹かれる。
スパイに疑われて警察の取り調べを受けたり、親切に見えた人に騙されそうになったりと、いくつもの事件にも著者は巻き込まれる。だが、ロバとともに歩く姿を見て、様々な優しさや反応を見せる現地の人々との出会いに助けられながら、旅は続けられていく。ときにはロバと旅をしている著者を、妄想に取りつかれた変人だと思い込む人もいるのだが。
そのうち、ロバのしょんぼりとした顔が〈世の中を諦観し、悟りを開いた人の顔のように見えてくる〉ほどになり、著者はロバと心を通じ合わせていく(ような気持ちになる)。そんな一人の旅人を突き動かしている、ただただ歩いていたい、という衝動―。〈私はただ、ロバと共にもう一度、自分の知らない土地を自由に歩き回ってみたかった〉という冒頭の言葉通り、その歩みを読んでいると、無目的であるが故の「旅」の醍醐味を味わう思いがした。
そもそも「旅」に目的や目的地は必要なのか。常に何かをしなければならないと追い立てられる現代社会のあり様に対して、著者のロバとの旅はそう問うているようであった。