震災からの三日間を歩き廻った文士が伝える惨禍の中のルポルタージュ

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震災からの三日間を歩き廻った文士が伝える惨禍の中のルポルタージュ

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

 関東大震災から百年にあたる今年、江馬修『羊の怒る時』が文庫化された。地震の翌年に連載が始まった迫真のルポルタージュで、震災からの三日間をリアルに伝える。

 江馬は当時、東京の西側に位置する初台に住んでいて火災の被害には遭わなかったが、震災直後に兄の一家の安否を確認するため都心を歩き、また浅草区長である兄の車に同乗して被害の甚大だった東側一帯もつぶさに見ている。

 江馬は近所に住む朝鮮人留学生たちと親しくつきあっていた。彼らは、地震発生直後、潰れた屋根の下敷きになった母親と新生児を救助し、感謝される。にもかかわらず、「朝鮮人が暴れている」といった噂が広がるなかで下宿を追われ、消息を絶った人もいた。

 非常時に、普通の人がありもしない恐怖をふくらませ、相手が朝鮮人であることだけを理由に攻撃的になるようすはただただ恐ろしい。その一方で通行人を誰何する人間の中にも「(朝鮮人も)同じ人間ですから」と言って行先だけ確認して通す人がいたことが記録されている。彼らを分けるものは何なのか。

 大正文壇の作家たちの文章を集めて編まれたのが石井正己『関東大震災 文豪たちの証言』(中公文庫)で、永井荷風や谷崎潤一郎、志賀直哉らのほか、駐日フランス大使であったポール・クローデルら三十一人の手記が収められている。

 両親から震災の体験を聞いて育ったという吉村昭『関東大震災』(文春文庫)は一九七七年刊のロングセラーだ。師弟関係にあった二人の地震学者の予測を巡る対立から説き起こし、発生から人心の錯乱、復興までを克明に記す。

 震災の記録ということで、吉田千亜『孤塁 双葉郡消防士たちの3・11』(岩波現代文庫)も紹介したい。

 地震、津波、暴走する原発。未曽有の災害を前に、被災者でもある消防士たちは、家族をおいて任務に奔走した。著者は地震発生から七年後に取材を始め、一人ひとりの声を丁寧にすくいあげ、後世に読み継がれるべき記録を書き上げた。

新潮社 週刊新潮
2023年10月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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