『化け者手本』蝉谷めぐ実著/『戯場國の怪人』乾緑郎著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

化け者手本

『化け者手本』

著者
蝉谷 めぐ実 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041136362
発売日
2023/07/28
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

戯場國の怪人

『戯場國の怪人』

著者
乾 緑郎 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103361930
発売日
2023/07/20
価格
2,420円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『化け者手本』蝉谷めぐ実著/『戯場國の怪人』乾緑郎著

[レビュアー] 池澤春菜(声優・作家・書評家)

人を惑わす芝居の魔力

 いいぞ、もっとやれ! 快哉(かいさい)を叫びたくなる作品が2本。いずれも舞台は江戸、芝居小屋。外連(けれん)味たっぷり、怪しさも妖しさもたっぷり。

 『化け者手本』の主役は鳥屋を営む藤九郎、そして元女形の魚之助。かつて魚之助が出ていた芝居小屋、その桟敷で芝居中に人が殺される。首の骨が折られ、両耳に棒を突き立てられた状態で発見された遺体は、とうてい人の仕業とは思えない。果たしてこれは見立て殺人か、何らかの怪異の所業か。わがままで退廃的、でもとても蠱惑(こわく)的な魚之助に導かれるようにして藤九郎は謎の、そして芝居という美しい闇の中心へと足を踏み入れていく。

 『戯場國の怪人』の登場人物も面白い。まずは平賀源内、市川團十郎に江島生島事件の生島新五郎、名女形瀬川菊之丞。講釈師の深井志道軒とその娘のお廉。つまり実在したり、史実に名を残す人々だ。しかもモチーフとなったのは、タイトルからもわかるようにあの『オペラ座の怪人』。菊之丞が船遊びに興じていたところ、同門の女形、八重桐が泥の中に引きずり込まれる。桟敷席を予約し続ける、姿を見せない謎の怪人。夢のような現(うつつ)のような逢瀬(おうせ)。百鬼夜行に、空井戸が繋(つな)ぐ黄泉(よみ)の国。絢爛(けんらん)たる絵巻物の如(ごと)く、目の前に次から次へと美しくおぞましい絵が開陳されていく。そのど真ん中にお廉の気っぷの良さが一本筋を通す。

 文化文政時代の歌舞伎を卒論とした『化け者手本』の作者蝉谷めぐ実、俳優・劇作家でもあり自身が舞台と深く関わってきた乾緑郎。ともに芝居を深く知り、芝居に関わる者の業の深さを知る二人だからこそ書けた小説だ。

 舞台や芝居というのは本当に厄介。わたし自身もその魔力に取り憑(つ)かれている。流石(さすが)に人を殺すことはないかもしれないけれど、自分一人の人生なら簡単に引き換えにするだろう。

 妖怪より殺人鬼より怖いのは、芝居に魅入られた人の妄執かもしれない。(KADOKAWA、1980円/新潮社、2420円)

読売新聞
2023年10月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク